第16話 若い米兵による目撃談

 当時、僕は横田基地に滞在するしがない兵士でした。

 季節は春。美しい桜を眺めながら、故郷のフロリダで待つ恋人に想いを《は》馳せていたんです。


 あの時の自分は純粋だったと思います。

 彼女はその頃既に、別の男と浮気していたというのに。


 話が《そ》逸れましたね。

 ええ。確かにその後、僕はメツコ・スギヤマと運命の出逢いを果たします。


 あの日は突然、日本の【対S特殊捕獲部隊】がやって来て、米兵は人員を補うために数人が駆り出されました。

 その内の一人に選ばれたのが、僕でした。


 いえ、任務内容は聞かされていません。

 ただ指示通りに動けとだけ。


 基地を出ると、流石に自分の眼を疑わざるを得ませんでしたね。

 だって、ここは平和の国日本でしょう?

 なのに、目の前にはズラリと完全武装の装甲車が何十台も並んでるなんて、異常事態じゃないですか。


 僕はその内の1台に乗り込むよう言われ、(荷台は武器や弾薬が詰め込まれて座れなかったので)助手席に乗り込みました。


 そこから何時間も移動していたように思います。

 流石に通行人は驚くんじゃないかと思って外の景色を眺めていたのですが、誰も意に介しません。


 《むし》寧ろ、季節の風物詩でも見るかの様な眼差しを向けて来るのです。

 高速道路でも皆普通に道を開けていて、どういう訳かこの状況に慣れている様な素振りさえ見せています。


 僕は段々と、実は大した事なんて無くて、コレは日本風の新しいパレードなのではと思い始めていました。

 でなけりゃこんなに《ぎょうぎょう》仰々しい列を一般市民が普通に受け入れられるわけ無いですから。


 そんな風に考えていた時期が、僕にはありました。


 現場に着くと、《そこ》其処は正に戦場。

 景色は《あか》紅く、木々は宙を舞い、あちこちで怒号や発砲音が響いていました。


 彼等は一体何を相手にしているのかと《たず》訊ねると、運転手は黙って前方を指します。

 目を向けると同時に、前方の自動貨車が爆炎と共に跳ね上がりました。

 そして、《ほのお》焔の向こう側にソレは居ました。


 女の子です。

 日本のアニメでよく見る、女子高生のように視えました。


 でも、獣の様に充血した眼は狂気に満ちていて。

 鼻を流れる液体は周りの《くれない》紅を受けてキラキラと《きらめ》煌いていて。

 《ああ》嗚呼、何よりも邪悪に歪んでいるはずの笑みは、自信と強さにさえ満ち溢れていました。


 「降りろ!」

 車両から突き飛ばされた事で、ようやく我に返りました。

 でも、僕の命を救ってくれた運転手さんは装甲車ごと燃え残った森に投げ飛ばされ、爆炎の中に消えてしまったんです。


 僕は自分の甘さを恥じました。

 戦場で気を抜いてしまったから、彼は僕なんかのために命を《うしな》喪ったんです。


 其れを自覚した時、怒りがこみ上げました。

 それは自分に対するものなのか、それとも目の前の少女に対するものかは分かりません。


 今考えると、その両方だったのでしょうか。

 きっとそうなのかも知れませんね。


 自分は直ぐに立ち上がり、拳銃を抜きました。

 ロックを解除し狙いを定めますが、呼吸が荒く、汗が手に滲んでグリップに力が上手く入りません。


 メツコ・スギヤマは逃げもせずに、そんな自分に挑発の視線を投げていました。


 「どうした、手が震えているぞ? ホレホレ撃ってみろ」

 どうして人を殺めておいてその様な態度でいられるのか、自分には理解できません。

 気付けば怒声と共に、少女へ向け銃を乱射していたのです。


 ですがメツコ・スギヤマは、全ての弾を避けきったんです。

 そして弾が尽きると共に、少女の背後の木が倒れました。


 「イヒャヒャヒャヒャー! 能無しの弾すら耐え切れぬ樹木なんぞ、片腹痛し!!」


 そう《わら》嗤うと少女は、何処かへと去って行ってしまいました。

 後で確認した所、自分の外した弾は全て最後に倒れた木に命中していました。


 つまるところ、メツコ・スギヤマは外れた際の弾の動きすらも予測しながら避けていたのです。

 後に、対S特殊捕獲部隊から標的についての話を聴かされました。


 その中で唯一自分が理解出来た事柄は、市民を守るために命を懸けて立ち向かった彼等を、メツコ・スギヤマは自らの欲を満たすための道具としか認識していなかったと言うことです。


 本当に、悔しかったですよ。

 でも、実は心の隅で少女に感謝してたりもするんです。


 だってあの時の経験のお陰で僕は今、大切な者のために戦場で闘えているんですから。

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