FATAL ERROR

 でぃ~~~~んどお~~~んだ~~~んど~~~ん……でぃ~~~~んどお~~~んだぁ~~~んどおぉ~~~んんんんんんんっ……でぃ~~~~んどお~~~んだ~~~んど~~~ん……でぃ~~~~~どぅお~~~~~~~~どぅあぁんどおぉんぉんぉんぉんぉんっ……


 ――うるさい。


 私は垂れ下がった耳の上から、ぎゅっとヘッドフォンを押し付けた。


「い~でぃしゃらぼっぱ!?」「……ぇして?もしるしあった!?」「びりれろした!?どじて?いさらばんでぼざりっぱ!」


 ちらちらと動き回る白いヒトガタが、訳の分からない言葉を吐き散らして騒音を重ねる。


 私を囲む世界が歪み、うねり、混沌の中に沈んでいく。


「ぎいだらぎいだらぎいだらぎいだらぎいだらぎいだらぎいだらぎっぎっぎっぎっぎっぎっぎっぎっ」

「ぼ、ざ、り、て、ど、ど、ど、ど……」

「ざん゛じゅ゛う゛ざん゛げん゛どう゛っ!いいから剥い゛でみ゛な゛っ゛て゛えぇぇぇ…………!」

「じゃおいhごいあgはwgはおおgdなvぱうぇいg9あwpdsんぴあmpf;!おpiiひいおあdjcpヴぁvkp@」

「あばばばあばばばああばあばっばばあばばばっばっば!!!!!」


 ――おかしい。こんなんじゃなかったはずなのに。


 さっきまで私は授業中に居眠りをしていた。

 そしてそこから目覚めた瞬間から――音が、おかしくなった。物音も、人の声も、何もかも――あらゆる日常の音が、めちゃくちゃになっていた。

 耳がおかしくなった?音楽の聴きすぎ?それとも疲れてるせい?

 ……ちがう。絶対に耳の問題じゃない。

 明らかに、この教室に響いている音自体が――バグってる。

 まず、明らかに音量がおかしい。耳が痛くなるほど大きい。みんな人間じゃないでしょ、ってくらいの声で話している。……ていうかお前ら誰だよ。

 しかも、単にうるさいだけじゃない……音の響き方が、何と言うか、こう、ざらざらしている……。ノイズまみれのラジオみたいに。そう、これは……音割れ、だ。

 誰もマイク使ってないのに、なんで……。


 阿鼻叫喚の中に、誰かが筆記用具を落とす音がひときわ高く響いた。

 ――かんっ、かんっ、かんかかっかかかかかかかかかっかかかっかっかっかっかっ!!!


 そう、そしてこの不自然な繰り返し――音にエコーがかかったみたいな。

 いや、違う。エコーと言うより、FPSで時々なる奴……そう、ラグだ。音がラグってる。


 だからそう。これは単にうるさいんじゃない。音という現象において、あり得ない異常が起きてる……………………つまり、これは「バグ」なんだ。


 ふぁph:母:r擬:絵psdsvはwvr」アンkldvsンdkヴぁvんb部アバ尾花アブ;場bヴぁdv売ぐあfパwpsフskjbbんヴィ合う言うアfパdヴぁbジャバgd歩ヴぁおふぁfん、おはふぁおっダイアsがslgんs;sdpヴぁvばあv、cヴぁいあふぁぽjふぁあjdhsbふぁbふぁえいあbsdヵsdんヴぁ伊賀がspdがパskふぁsgんぁでぃがおshgパb杯バklgぁkgd、天kdん氏vはおポあgパポがpsgpjpが自dvklンヴぁklんかlなっまd。vまlにあおいgはいおghかえんぶうあいううどいあおえぱぺおあうぇふぁえあp@えあw@fぁえじゃgじゃpがjがおrが;gd、dm、んkんヵいあgひあおgはだふぁかおgjぱががgんかんかklんbがあががだあgなヴぉあwdpヴぃあいあおいぱkk、、あいpg~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!


 もはや、一つ一つの音を聞き分けることすらできない。

 言葉どころか、音として捉えられるような感覚の区切りすらないような、混然一体となっためちゃくちゃな感覚。長い間聞きすぎて、もう音を聞いている事すら忘れてしまいそうだった。

 例えるならそう、普段歩いているときの全身の感覚が、手足、胴体、頭とか、それぞれの感覚にいちいち分けて考えたりしないのと同じで、元から全部区別がないみたいな……。


 痛い。


 耳が痛い。


 頭が、痛い。


 私は意識が遠のきそうになるのを抑えながら、よろよろと席を立つ。


 ……ぼぉっとしてたら駄目だ。このままだと…………多分、ヤバイ。


 *********************************


 鞄を腕にぶら下げ、ヘッドフォンを固く抑えつけながら、私は道を駆け抜ける。


 ヒトガタとすれ違うたびに、頭の中をシェイクされる。


「ぎゃっはははははははは!!ま゛、じ、で、え゛、え、えっ、ぇっ、EEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!」


 でも、せめてできる限り早く通り過ぎないといけない。


「すご~~いっ!」

「とぅくらんてぃかの~!?」

「し゛ょ゛う゛ぎゅうれ゛~~~~~~~~っっ!!!」


 足がもつれて、走れなくなってきた。

 次の一歩を踏み出すので、精一杯だった。

 耳を塞ぎ、目を伏せ、口を閉じる。

 この仮面も、耳までは覆ってくれない。


 私たち学生の群れの中に、正面から猛スピードで自転車が突っ込んでくる。


「りーんりーりりりりりぃりぃりぃりりりRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!」

 

 ――鳴らすなよクソがっ……!


 まるで私に追い打ちをかけるかのように、自転車のベルはわざとらしく暴走する。乗っている人の手はもう離れているのに、勝手に独りで震え続けている。

 その上あろうことか、自転車は私めがけて一直線に突っ込んできた。

「~~~~っ!!!」

 間一髪で避ける。

「…………あぁあアブナあっあっあっあっ、いいいぃぃぃぃぃあダイジョウブブブブッブ!!!」

 乗っているジジイはこっちに向けた顔を、壊れたロボットみたいに激しく揺らしながら、私から遠ざかっていく。わざとらしく目の端と口角を釣り上げ、いやらしい笑顔で、白目をむいて。首が折れそうな角度まで回りかけていた。


 ――何なの、今の。


 気持ち悪い。

 音だけじゃなくて、人間自体がバグってるらしかった。


 ――早く、早くここを抜け出さないと――


「あ、あの、すいません……僕、ちょっとまいごおおおっおっおっおおおぉぉぉぉぉ……!!!」

「~~~~~っ、黙れよっ!」


 もう、我慢の限界だった。

 私はその男の子を突き飛ばした――その小さな体は、ガタッ、とバランスを崩して ――そのまま静止した。


「…………はっ?」

「おっ……おっ……ガガガガガガガッガッガッガッ、ガガガガガガガガガガガガガ~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 もはや声ですらない騒音を立てながら、男の子はぶっ壊れた。ぶるぶると、ガタガタと激しく振動しながら、苦しそうに両手を前に伸ばして――


 ――バンッ、と、小気味良い音を立てて破裂した。




 ……………………後に残るのは、不自然なまでの安らかな静寂だけ。


「………………………………え、すごっ。」


 ――これなら、なんとかなるんじゃねっ!?


 私は思いのほか小さな血だまりを踏み越えて、再び駆け出した。


 見ると、陽キャの男三人組が、道いっぱいに広がって私の行く手を阻んでいる。


「えーあの娘どっちかって言うと脾臓キャラじゃんんんんんんっ。」

「え~げべれって!?そうじゃらんかだったんで!」

「――どけっ!」

「はっ?」

「何っ、ゐイィィィッ?」

 私はそいつらに思いきり体当たりした。

「はぁっ!?おいお前えっえっえっえっえっ…………。」

「ちょっと待ってE~~~~~O~~~~~POPOPOPOPOPO PO、PO、PO、PO、……。」


 ――バンッ。


 ――バンッ。


「…………あぁっ、気持ちいっ……。」

 すっごくいい音だった。これだけは。ハサミで髪を切るような、マジックペンの蓋を閉めるような、風船を割るような快感。この騒音に満ちた世界を、すっきりさせてくれる終わりの合図の音。

 もっと、もっと……他の音も、全部無くさないと!


「キイィッ!ギギッ!キャアアアアァァァァッッ!!!」

 私は世界を掻き消すように叫びながら、ヒトガタたちの群れに突進していく。


 ――パンッ。


 ――パンッ。


 ――パンッ。


 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンパパパッパパパパパッパパパパッパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ――


 視界がどんどん赤く染まっていく。


 いい音。


 楽しい。


 耳が幸せ。


 私は今となってはむしろ、自分から音を立てることに夢中になっていた。


 でも、うるさいままじゃ満足できない。


 うるさいのは嫌だ。ぶっ壊したい。だから出し切ってやるんだ。引っかかったままじゃダメ。突き崩せ。すっきりさせて。その先に。終わらせろ。

 



 完全な静寂――私が求めるのは、それだけだ。

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