注文の多い赤ずきん —第一夜—
私は一件の小屋の前に立っていた。
——ここだ。ここから獲物の匂いがする。
麗しく香しく、それでいてほのかに動物的な、汗と脂と血のにおい——
間違いない、あいつの匂いだ。
私は溢れ出すよだれをぬぐいとる。
——早く、早く食べたい。腹が減って死にそうだ。
私はがちゃりと戸を開けた。
期待通り、床の上に一人の女が横たわっていた。
赤ずきん——この世で最も上質な肉。
部屋の中には、彼女以外には何もない。
あたかも調理台の上の食材のごとく、食われるのを待っているかの如く、赤ずきんはおあつらえ向きにそこに横たわっていた。
彼女はぼんやりとした目で私を見てくる。危機感のかけらもない——私が何なのか、わかっていないのだろう。
私は息を荒くした。邪魔をする者は誰もいない。さっさとことを済ませてしまおう――そう思った時。
「——あなた、狼でしょ。」
赤ずきんが、私に話しかけてきた。
「そうさ。今からお前を食べてやるんだ。」
私はにやつきながら言った。しかし、彼女は全くおびえる様子がない。
「それはいいんだけれど——人様の肉を食べるんなら、ちゃんと最低限の作法は守ってほしいわね。」
「……は?」
赤ずきんは微笑みながら言う。
「——赤ずきんには、正しい食べ方があるのよ。知らないの?」
「……知らなかった。」
「そうなの。仕方ないわね——じゃあ、私が教えてあげる。」
そう言って彼女は、おもむろに懐からナイフを取り出した。
反撃するつもりか、と私は身構える。
だが、彼女は何を思ったか、そのナイフを使って自分の腹を切り裂いた。
しかしなぜか、血は一滴も流れなかった。
服と一緒に彼女の極めて薄い皮膚が、元から開く構造だったかのように、きれいに左右に離れていく。
そして、その下から、美しいピンク色の内臓たちが姿を現した。
あっけにとられている私を見て、赤ずきんは苦悶の声一つも上げずに笑っている。
「狼が赤ずきんを食べるときは、一週間かけて、毎回決められた部位を、決められた方法で食べなければいけない。第一夜は——」
そう言いながら赤ずきんは、自分の下腹部に手を突っ込み、直腸をつかんだ。そして、もう片方の手に持つナイフでぶつりっ、と切り裂く。
「——腸をすべて辿って食べつくすこと。」
そう言いながら、私に向かってその端っこを差し出す。
「……なんで、お前の言うことに従わなくちゃいけないんだ。」
「そうすれば、一週間の間、私が毎晩生き返れるから。七回も、私を食べられるのよ?どう、魅力的でしょ?」
……確かに、その通りだった。私は一も二もなく、その提案に従うことにした。
私は毛深い手で、彼女の腸の端をそっとつかんだ。
…………そして、かぶりつく。
生の腸は、なかなか歯ごたえがあるものだ。
ぐぐっ——ぶちっ、と噛み切る。
口の中に、血の通った肉の香ばしさと排泄物の生臭さの混じった、何とも言えない風味が広がる——うまい。
私はすぐさま夢中になって、大腸を食べ進めた。
しゃぶりつくように、ねぶりまわすように、中身を吸い取るように——
――ああ、未加工のソーセージ。なんて贅沢なんだ!
その様子を赤ずきんは、小さな子供の食事を見るように、面白そうに眺めている。
それにしても、ただでさえ長い腸を、端から流れに沿って食べなくてはいけないというのは、なかなか骨が折れる。
だが、直接腹に口を突っ込んで食い荒らしては、いけないのだ。あとの楽しみのために、私は自制心を働かせる。
やがてようやく、小腸に達した。私は食べ方を変えて、半ばちゅるちゅると吸い取るようにする。大腸よりも小腸の方が、長く続く。これは、時間がかかるな。
途中で喉がつかえてゲホゲホとむせた時、赤ずきんに「焦らないの」とたしなめられた。
——まったく、なんなんだこいつは。
だが、悪い気はしない。給仕係がついたようなものだ。ぜいたくな気分が、味わえる。
ようやく、終わった——
「じゃあ、今日はここまでよ。」
「他の部分は食べちゃダメなのか?」
「ええそうよ——また明日。」
そう言われて私は、仕方なく小屋を後にした。
時間をかけて食べたせいか、それなりに満足感はあった。
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