言ってない(5)

「――だってェ、いくらでも見せてくれるって言ったじゃん!」

そう言いながら、私の後ろを息の荒いおじさんがついてくる。

「言って……ません!」

さっきからこの人はずっと、私のスカートをめくったまま後ろにぴったりついてきていた。抵抗しても、無駄だった。

隣にはナントカちゃんたちも一緒に並んで登校してるのに、止めようともしない。

周りの人は、みんな無視していく。


――おかし、くないのかな、これ?


私はウサギの耳を丸めながら、学校にとぼとぼと歩いて行った。



「――よし、今日は前回のリベンジだ!さあ、たんと食べろよ!」

そう言って先生は、私の目の前に山盛りのネジを差し出した。今度はナットやボルトも混ざっている。

私はほとんど無感情でそれを口にかきこんだ。


――あー、結構いけるかも。


二回目ともなれば慣れたものだ。私はものすごいスピードでぼりぼりとかみ砕き、語君と飲み込んだ。ついでに、欠けた奥歯をぷっと吐き出して見せる。

「うおぉ――!行ったあ!えらいぞぉ!さすがは俺の蟋ォ蟾だ!」

先生がハグしようとしてきた。さすがにそっちは心の準備ができてなかったので、私は先生に思いっきりビンタしてしまった。

先生の首は三週くらいぐるぐる回って、完全にねじれてしまった。

「おおぉー!すごい威力だー!」なんて叫んでる……馬鹿みたい。


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 家に帰ると、リビングには大きな木が生えていた。木には大きな口が付いていて、お母さんはそこに冷蔵庫の野菜やお肉を、忙し気にひたすら詰め込んでいる。

「……逞エ繧瑚?ダンスは……!もう、やめたわっ……!そんなにいくつもっ、同時にやらせてあげられません……!え?だから、盆栽教室だってば……!全くもう、忘れちゃったの?ほんとに無責任なんだから……!」

 木は大きくげっぷをして、しかも舌なめずりした。


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 登校する途中で犬のおまわりさんに会った。

 その隣には、二日前か三日前にあった警官が、自転車を担いで立っていた。


「はいそこの小学生!昨日さ、『このあたりで最近怪しい女に会った人―!』って聞いたよね!」

「そうでしたっけ?」

「そして君、『心当たりありません』って言ったよね?」

「言ってないです……ていうか、心当たり、あります。」

 お巡りさんは舌を出しながら流暢に人間の言葉を話す。

「実はさぁー、いま痴漢の男がこのあたりに出てるって噂でさー。小学生のスカートめくってくるって言うんだけど。」

「いや、今まさにここにいますけど……。」

「はあ、はあ……。」

 私はお尻には変態男の、顔面には犬のくさい息を同時にかけられて、絶望的な気持ちになった。


「あの、お嬢ちゃん。警部の前でウサギの耳はちょっと……。」

 隣にいる警官の人が、ピント外れなことを言う。

「ああごめんなさい、失礼ですよね、アハハ……。」

「いや、そうじゃなくて――彼の狩猟本能が働いちゃうから。」

「うう、グルルルルルル……!」

「ダメですよ、警部!」

「タベテイイ!ヤッタ!」

「言ってませんよ!」

「――さよなら。」

 私はその時にはもう、全速力で走り去っていた――変態男を引きずったまま。命がけで逃げたことで、脚力が結構ついたみたいだ。


 男は学校につく頃には、ぐちゃぐちゃに擦り切れてトイレットペーパーになっていた。――ざまあみろ。


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「……委員長、なにしてるんですか?」

 私が所属している環境美化委員の委員長は、まだ子供なのにブルドーザーを使って、校長室を削り出していた。

「何って、決まってるだろう?ゴミ掃除さ!」

「ゴミって……そこに倒れてる校長先生のこと?」

「そうだよ……君が言ったんじゃないか!学校を綺麗にするには、何よりも学校に大人の欺瞞と腐敗をもたらしているこの旧弊な粗大ごみを処分するほかないってね!」

「……言ってないです。」


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「ねえー、ちょっと!ネイルはお揃いにするって言ったじゃん!」

 そう言ってほにゃららラちゃんが自分の手を見せてくる。そのすべての爪には、ぎょろぎょろ動く小さな目がくっついてて、手の甲いっぱいに血管みたいなものを伸ばしていた。

「遘?蟄ちゃんもいい加減つけてよ!」

 嫌だよ、ていうか、学校でネイルなんてダメだよ――なんていう気には、もうならなかった。


 私は、もう誰とも口を聞かないことにした。もう、友達とかどうでもいいし。


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 放課後、校長先生が亡くなったことについて、警察の方が事情聴取に来た。

「ハア、ハア、ニンゲン、コドモ、゛イッパイ……ウウウウッ……!」

「いい加減にしろ殺処分するぞ。」

 警官が自転車で警部をしこたま殴りつけた。それで彼が気絶したので、私への疑いはうやむやになった。

 “私の証言によって”、真の犯人は担任の熱血先生と言うことになったらしい。誰も彼を弁護しなかった。


「お前……!よくもっ、俺の信頼を裏切ったなあ……!『私は何があっても先生の味方です』って言ったのに……!殺してやる……いつか絶対殺してやる!」

 先生は、血走った目で私をにらみつけた。

 本当に殺されそうだなぁ、と思って、私はあきらめた。

「……………………。」


 ……あと、私の背中には変態男がへばりついたままだった。

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