夏の終わり

 八月三日 火曜日

 

 今日も壮太くんと一緒に昆虫を捕まえた。

 僕がとってもデカいカブトムシを捕まえた。体の大きさは手のひらと同じくらいで、角は十センチくらいあった。ものすごく、珍しい。

 壮太君は羨ましがってた。嬉しかった。

 蝉もいっぱい捕まえた。虫かごいっぱいに入っていたから、何匹かつぶれて死んでいた。残りは逃がしたり、踏み潰して遊んだりした。

 楽しかった。


 八月九日 月曜日


 今日はみんなと虫相撲をした。

 僕のカブトムシが圧勝だった。やったあ。

 でも、壮太君のクワガタとは、ちょっといい勝負だった。

 他のカブトやクワガタはみんな、負けて粉々になってしまった。

 壮太くんは、「急がないと、急がないと」って言っていた。


 八月十三日 金曜日


 今日は肝試しに行った。

 壮太くんと瑞樹くんと、いすずちゃんと千早ちゃんと一緒に行った。

うらめし山の古寺でやった。

 今日は十三日の金曜日だ。幽霊が出やすい日を選んだ。そう教えたらいすずちゃんは怖がっていた。でも、千早ちゃんは怖くないと言って、僕のことを馬鹿にした。

 いすずちゃんは可愛いから好きだけど、千早ちゃんは気が強いからあんまり好きじゃない。でも、顔は悪くないと思う。


 ルールは、お寺のお堂から、墓地の端っこまで行って、お札を取って帰ってくる。途中で逃げ出したり、お札を持って帰って来れなかったら負けだ。


 壮太くんはちゃんとお札を持って帰ってきたけど、ものすごくビビって震えてた。

 瑞樹くんは途中で恐がって、帰ってきちゃった。瑞樹くんは怖がりだから、予想通りの結果だった。

 いすずちゃんは、千早ちゃんが一緒に行ってあげた。

 本当は、僕が一緒に行きたかったけど、先を越されてしまった。千早ちゃんめ。

 いすずちゃんは帰って来た時にはすごく泣いてた。可愛かった。

 千早ちゃんはその後、一人で行って余裕で帰ってきた。全然恐がってなかった。ムカついた。

 

 最後は僕の番だった。

 

 千早ちゃんが平気だったんだから、僕も怖がるわけにはいかないと思って頑張った。お化けなんて、いる訳ないって自分に言い聞かせた。


 なのに、帰る途中で変な声が聞こえた気がしたんだ。


 ――「急げ急げ、間に合わなくなるぞ」って。


 それで、恐くなって転んじゃった。

 その時、お札は無くしてしまった。明かりもないし、怖くて探す気にならなかった。


 僕はそのまま急いで帰った。虫がいっぱい鳴いていた。

 

 帰ってからみんなにそのことを言ったら、嘘だと思われた。千早ちゃんは、途中で恐くなって諦めたんでしょって言って僕のことを馬鹿にした。許さない。あとで覚えてろよ。


 結局、皆は一度もお化けに会わなかったみたいだ。多分、僕が聞いた声も、ただの気のせいだったのかもしれない。


 八月十五日 日曜日


 今日はお盆でお祭りがあった。お盆は死んだ人が帰ってくる日らしい。急いで来て、ゆっくり帰るんだ。キュウリやナスを使って、死んだ人が乗り物に使う牛や馬を作った。

 お祭りは楽しかった。盆踊りをした。浴衣で踊るいすずちゃんが可愛かった。浴衣の色はピンクだった。

 千早ちゃんの浴衣は赤だった。派手すぎて嫌だと言ったら、すごく怒られてぶたれた。覚えてろよって思ったけど、女の子だからやり返せない。でも、いつもやられっぱなしで悔しい。

 そうだ、僕のカブトに復讐してもらうのもいいかもしれない。そうすれば、千早ちゃんは泣いて謝ってくるだろう。それで、僕のことを尊敬するはずだ。

 今日は壮太くんがいなかった。どうしたんだろう。


 八月十六日 火曜日


 壮太くんが、死んだ。


 昨日は、お祭りに来てなかったし、家にもいなかったらしい。

 だから、みんなが探していたそうだ。それで、僕が寝ている間も騒がしかった。

 そしたら夜遅く、壮太くんはうらめし山のお堂で見つけられた。

 

 いやだ、壮太くんが死んじゃうなんて。嘘だって思った。


 だから会いに行ってみた。

 ――そしたら、ほんとに死んでた。


 けがはしてなかったけど、もう動かなくて、冷たくなってた。

 真っ黒な目を見開いて、固まってしまっていた。ただの抜け殻みたいに。

 悲しかった。嫌だった。恐かった。

 僕は、肝試しの時に聞いた声のことを思い出した。

 きっと、あの声のせいだ。お化けに会ったから、呪われて死んじゃったんだ。

 それとも、お札を無くしたせいかもしれない。僕のせいなの?

 どうしよう。恐いよ。


 八月十八日 木曜日


 もうすぐ、夏休みも終わる。お母さんが早く宿題しなさいって言う。まだ、読書感想文が残ってるけど、やる気が出ない。


 それより、もっとやらなきゃいけない遊びがいっぱいあるんだ。急がないと。


 今日も虫相撲をした。僕のカブトが一番強かった。つまらなかった。

 二十日に、壮太くんのお葬式があるらしい。


 八月二十日 土曜日


 今日はみんなと海に行った。

 あれ?海にはもう言った気がするなって思ったけど、どっちでもよかった。

 泳いだり、スイカ割りで遊んだりした。

 あんまりたくさん友達が来なかったのでがっかりした。

 でも、いすずちゃんと千早ちゃんは来たので、気分がよくなった。

 二人とも、なぜか僕のことを心配そうに見ていた。なんでだろう。

 でも、途中から二人ともそんなこと気にせずに、目いっぱいみんなと遊んでいた。

 

 千早ちゃんは僕を砂に埋めて遊んだ。おのれ、後で覚えてろよ。


 壮太くんは、ちゃんと土に埋めてもらったらしい。


 八月二十三日 水曜日


 いすずちゃんが死んだ。


 なんでだっけ……ああそうだ。そう言えば昨日、海に沈んでいなくなっちゃったんだった。どうして忘れてたんだろう。

 嘘だ。絶対嘘だ。いすずちゃんが死ぬなんて、駄目だ。

 いやだ。悲しい。恐い。

 打ち上げられたいすずちゃんは、肌が真っ白で、水着が似合っていてとても綺麗だった。でも、目が真っ黒になってしまっていた。

 恐い。恐い。急がないと。


 八月二十六日 土曜日


 毎日友達と遊んでいる。

 サッカー、缶蹴り、虫取り、鬼ごっこ。


 もうほとんど、虫はいなくなってきた。


 僕のカブトムシも、弱っている気がする。でもきっと大丈夫だ。最強なんだから。

 

 ああそういえば、きのう瑞樹くんが死んだ。


 八月二十八日 月曜日

 

 今日は花火大会だった。とてもキレイだった。音がすごかった。

 僕は夜の虫取りに挑戦していたけど、千早ちゃんに「急がないと」って言われて、無理やり引っ張られてやってきた。

 

 楽しかった。

 千早ちゃんはなぜかずっとおとなしくて、もじもじしてた。変なの。


 別れるときに千早ちゃんは、また「急がないと」と言っていた。


 八月二十九日 火曜日


 今日はみんなで線香花火をやった。

 でも、友達の数ももう、だいぶ少なくなっていた。

 だから、火の数が少なくてつまらなかった。

 ロケット花火もやったけど、昨日の花火の方がすごかった。


 つまんない。つまんない。つまんない。


 ああ、


 どうしよう

 夏が終わっちゃう


 いやだ


 おわりたくない





                 いそがないと



 八月三十日 水曜日


 決めた。


 千早ちゃんを、僕のカブトに食べさせちゃおう。


 そうすれば、きっとカブトも元気になる。

 

 そうと決まれば急がないと。


 早く、千早ちゃんが抜け殻になる前に。


 一緒に花火を見るんだ。


 次こそ壮太くんに勝つぞ。


 お母さんもお父さんも、目の黒い間は遊ばせてくれないんだ。


 宿題を終わらせないと。


 そうだ。だったらみんな、埋めてしまおう。

 お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも。

 智樹君も雄介君も敦君もみんなみんなみんな。


 踏みつぶせ


 ばらばらに


 うらめしや


 さあさあさあさあさあさあ――!


「急げ急げ。間に合わなくなるぞ――」


 ああ、そうか。


 と、その時になって気づいた。



 ずっと聞こえていたこれは、僕の声だったんだ——って。

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