最終話




 朝日の眩しさに、もぞもぞと布団の中で温もりを探す。

 …ばでぃ、いない。どうして?


 布団は頭からかけたまま座り込んでいると、クロが入り込んできて、太腿で丸くなった。

 ふわふわ。あったかい。



「魔王様にゃら、出かける準備してるにゃ」


「…バディウスの事なんて、どうでもいいわ」


 愛してくれた翌朝に、隣にいない人のことなんて。


「魔王様がいにゃいから、寂しそうにゃんじゃにゃいのか?」


 寂しそう?私が?

 そんなはずないと思いながら撫でていたクロを、奪い取られてしまう。


「え、あ、バディウス?……っ、クロを返して」


 庶民の服装の彼に、少し驚いてしまった。初めて見た格好に、ときめいたとか、そんなんじゃないんだからっ。



「私以外を裸で抱いているとはどういうことだ?」


 彼の視線から隠れようと、シーツを手繰り寄せる。



「クロは猫よ。気にしないわ」


 バディウスがベッドへ座り、マットレスが沈む。そこから逃げるように離れるが、その分詰め寄られてしまった。


 私をひとりにしたくせに。


「そう拗ねてくれるな。今日は君とデートがしたくて、準備してたんだ。身体は辛くないか?」


 デート?


「身体は、平気」


 デートって、恋人同士が街でお買い物とか、遊んだりとかする…あの?本でしか読んだことがないわ。


 ベッド横のサイドテーブルに置かれた呼び鈴を、バディウスが鳴らす。

 サッと現れたのは、侍女たち。


「シェリーに庶民のおしゃれをさせてあげてくれ。これから街に出る」


「かしこまりました!この時を楽しみに待っておりましたの!!どんな色味がお好きですか?奥様」


「城下ではこの様な形のデザインが流行っていますが、奥様はお気に召しますでしょうか」


「いえ、奥様にはこちらのデザインの方がお似合いだわ!」


 バディウスが指示した瞬間に、彼女たちに囲まれる。勢いに、のまれてしまいそう。


 お、奥様って…、私?


「あ、あの」


「では、準備ができたら呼んでくれ」


 バディウスはさっさと出ていってしまった。


「ああ、自己紹介がまだでしたわね。申し訳ありません、シェルフエール様。私たちはサキュバスで、奥様の身の回りの世話係でございます。何なりとお申し付けください。私は、ミヤ。そして右からカヤ、サヤでございます」


 3人に、深く頭を下げられる。


 サ、サキュバスって…。


「3人は、バディウスの、その…お世話もしているの?」


 ポカンと、見つめられてしまう。

 私、変なことを聞いてしまったわ!ど、どうしよう。だって、サキュバスって、その…誘惑とかして、精気を奪うっていう魔物、よね。


 ああ、でも、こんなことを聞いてしまうのは失礼だったかしら。



「奥様に、嫉妬されてしまったわ!ああ、なんて可愛らしいのっ!!…っ、ご安心ください奥様!!魔王様と私たちにはなんのやましい事はございません!!」


「そうでございます!私たちサキュバスの食事は人間の精気だけでございます。魔王様は人間ではありませんので!!」


 そうグイグイと詰められながらも、テキパキと着替えさせられた。

 その手際の良さに、目が白黒する。


「う、疑ってしまってごめんなさい…」


 恥ずかしすぎるわ。



 あ、黒色がメインの、服…。


「奥様は黒がお好きなのかと思いまして…。他の色が良かったですか?」


「黒が、いいです…」


 私、黒が好きだったのね。意識していなかったけど、確かに、気に入った物は黒が多かったかも。




 化粧なんてしたことがなかったから、鏡を見て目を見張った。

 こんなに、変わるなんて。この姿、バディウスに見てもらうの?


「や、やっぱり、今日は…」


 デートなんてやめようと言おうとして振り返ると、バディウスがいた。


 …っ、恥ずかしい。こんな格好、初めてで。今すぐに、化粧を落としたいっ。



「どうでしょう、魔王様!私たち、腕によりをかけて、奥様をより美しく仕立て上げました!!」



 そ、そうよね。3人が頑張ってくれたのに、こんなこと思ってたら失礼だわ。



 俯いて身体を小さくしていると、そっと手を取られた。手の甲へ、バディウスの唇が触れる。



「さらに可愛く美しくなるなんて…。デートに行かず、閉じ込めておきたくなるな」


 ブワッと体温が上がる。


「だが、約束だからな。シェリーの欲しい物を探しに行こう」


 こくこくと頷くことしかできなかった。







 綿あめの店主の約束の為に、変装魔法を施してから綿あめを買う。すごく、喜んでくれて胸が温かくなった。



「彼は、旦那さんかい?」


「あ、え、っと」


 どう、答えたらいいんだろう。

 あわあわしていたらバディウスに肩を抱かれ、そうですと答えられてしまった。


 ボンっと顔が真っ赤になる。



 その後は素の姿になり、寄る店々でカップルだの新婚だの…心臓がもたない。男女が寄り添い歩いていたら、これが普通なのか。


 クロへのリボンは、何色にしようか悩んでしまった。

 何色が好きか、聞いてからくるべきだったわ。今度一緒に探そう。




 ふと、赤い石が目に入る。路上で売られている、ガラス玉のようだ。

 ネックレス…バディウスの瞳と同じきらめき。キレイ。


「それが欲しいのか?」


 これが、欲しいって気持ちなのかしら。


「…わからないけど、とてもキレイ」


 バディウスは、ふっと、柔らかな笑みをこぼす。


「これをひとつもらおう」


「あいよ。まいどありー」


 あ、と、思ったら、首に下げられてしまった。近くで見ると、もっとキレイに見える。キラキラ、してて。


「似合ってる」


 まるで、バディウスの隣にいるのが似合ってると言われたようで、気恥ずかしい。


「ありがとう」


 もっとはっきり言いたいのに、声が小さくなってしまった。それでも彼は、ちゃんと拾ってくれる。

 頭を、撫でてくれる。




 私があちこち目移りしてしまって、帰りが遅くなってしまった。

 私の、せいなのに。


「どうした?今日はたくさん歩いたからな、疲れただろう。ゆっくり休もう」


 こんなに労られて、甘やかされたら、余計に離れ難くなってしまう。ひとりじゃ、何もできなくなってしまいそう。


「そんなに、甘やかさないで」


「嫌か?」


 いやじゃ、ないけど。


「ひとりで生きていけなくなっちゃう」


 引き寄せられ、抱き締められる。


「私がシェリーをひとりにはさせない」



 信じて、いいのかもしれない。バディウスなら私を捨てない。ずっと、愛してくれる。


 縋るように、バディウスの背に腕を回した。



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悪役を受け入れた魔女は殺しにきた勇者(魔王)に溺愛される こむらともあさ @komutomo

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