第4話 雷撃
「晴明! クソじじいが!! 初めから旱神がいるって知っていたな?」
どうみてもヤバイ雰囲気の男の姿を見て、紫檀が晴明を睨む。これは、面倒なことを押し付けようとしているに違いない。
「知らんよ。道満が、昔旱神を封印したと聞いてはいたが、それがここにいるのだということは、見て分かったところだ。どうみてもあの雑なしめ縄は、道満の仕事だろうが。あの男は、昔から詰めが甘いんだ」
そう平然とした顔で晴明が言う。
「今から、あのしめ縄を断ち切る」
「は? おい、晴明?」
あんなに殺意を含んだ視線をこちらに向ける相手の封印を、晴明は解くのだという。
「片腕片足になったのも、道満と戦ってのことだろう? そりゃ怒る。そもそも、あの男が旱神になったのだって、帝が約束を破ったからだ。それなのに、怪しい女に依頼して、騙したあげくに道満が力ずくで封印」
やれやれと晴明が首を横に振る。
そりゃ、理屈からしたら、そうだが……。
「紫檀。鳴神が、話し合いがしたくなるまで、ちょっと遊んでやれ。修行じゃ」
ヘラリと笑った晴明は、いともたやすく呪力の籠ったしめ縄を断ち切ってしまった。
しめ縄を切った途端に、ドロリと中に溜まっていた瘴気があふれだす。何年そうやって封印されていたのだろうか? しめ縄の向こうの瘴気は、鳴神の強い怒りと悲しみ、呪いを含んで濃く周囲に渦巻いている。
「おのれ。また帝の差し金か……」
鳴神、旱神が低く呟く。
「違う。帝なぞ知らん。晴明に連れられてきただけだ」
戦うことはともかく、帝の、人間の手下だと言われるのは癪に障る。
「黙れ!! 化け狐」
自分だって妖のような物なのに……紫檀は、はあ、とため息をつく。
伝承によれば、鳴神は、幼い頃からその才能を認められ修行に入り、女人に接することもなく真面目に技を磨いていたそうだ。
そんな清らかな人物が、時の帝に約束を反故にされ、女に裏切られれば、相当な心の傷を受けたのだろう。
確かに可哀想ではある。だが、どうにも、話し合いはする雰囲気ではない。晴明が何を考えているのか、さっぱり分からない。
バチバチと鳴神の体が電気を帯びていく。
「おお。なるほど、雷神になったと言われていた通りだ」
鳴神の放電に、紫檀の毛皮が呼応して静電気を帯びて不愉快に逆立つ。
面倒な……。
紫檀は、プルルと身震いする。
「復讐を邪魔する者は、死ね!!」
鳴神が投げる雷撃を、紫檀はひらりと飛んでかわす。
雷撃は、轟音と共に辺りの木々を焼き、黒焦げにする。
「ははっ、これはすごい」
どうやら、遠慮はいらないようだ。
自らの力を思い切り相手にぶつける。そんなことをしても壊れない相手は、晴明しか知らない。
この鳴神ならば、妖力は高い。多少紫檀が本気を出しても、平気だろう。
じゃあ、ちょっと楽しませてもらうか……。
ポウ……。
狐火を紫檀がいくつも灯す。
狐火は、無数の管狐になって空を飛びまわる。
「くっ」
不規則に飛びまわり、自分の周りをかすめる管狐に、鳴神は不愉快そうに眉をひそめる。
「どけぇぇぇ!!!」
鳴神が、バリバリと音を立てながら放電するが、雷撃に当たる前に管狐は姿を消して、また現れる。
「ほんと、素直な性格。可愛いねえ」
鳴神の背後と取った紫檀は、そのまま鳴神の頭を蹴り上げた。
鳴神は、紫檀のケリを受けて吹き飛ぶ。
「くっ!!」
片腕、片足では、肉弾戦には弱いのであろう。バランスをとりにくそうだ。
それでも、真っ直ぐに紫檀に鳴神は向かってくる。
朝廷の命令であったのだろうが、道満も酷なことをする……。
たぶん、術で天候を狂わせる鳴神を退治するように言われ、あまりの鳴神の強さに退治しきれなかったのだろう。だから、足と手を一本ずつもいで、しめ縄で封じた……。
長い年月の間。このしめ縄の内側で、痛む手足の痕を抱えながら、この男が何を考えていたのかは、容易に想像できる。
「鳴神……難儀であったな」
紫檀が、妖力を強める。
紫檀の妖力が強まれば、周りの瘴気が急激に浄化された薄くなっていく。
「こ、これは……」
あんなに痛んでいた手足の痕が、癒されて楽になる。
「ふふ。黒い妖狐は、浄化の狐。痛みは取れたか? 残念ながら、手足を付けてやることはできんがな」
ニコリと紫檀が笑う。
「痛みが消えたなら、さあ、存分に殴り合おう。強い敵は、大好きじゃ」
紫檀がまた、臨戦態勢になって構えれば、
「アホ狐が」
と、上から晴明の声が降ってくる
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