おばあちゃんのぬいぐるみ

宵埜白猫

白い猫のぬいぐるみ

「舞ちゃんももう高校生か。……そや、これもろてくれへん?」


 病室の真っ白いベッドの上で、雪江おばあちゃんが穏やかな顔で言った。


「なにこれ? 猫?」


 おばあちゃんから受け取ったそれは、猫が丸まったような形の、小さなぬいぐるみだった。


「ただの猫ちゃうで。この白猫さんはな守り神やねん」


 大真面目な顔をしてそんなことを言うおばあちゃんに、私は思わず笑ってしまった。

 だって、いつもはそんなこと言わないんだもん。


「冗談ちゃうで? 私も困った時はえらいお世話になったんよ。だから舞ちゃんも、ちゃんと大事にしたってな」

「うん。約束する」

「そやったら安心や」


 そう言って、おばあちゃんは頬を緩めた。

 そして、その笑顔を最後に、雪江おばあちゃんは永い眠りに就いた。



 お葬式が終わって部屋に戻ると、ベッドの上にあのぬいぐるみが落ちていた。

 今は、なんだかその寝姿が妙に憎たらしく思えてしまう。

 守り神なんだったら、ちゃんとおばあちゃんを守って欲しかった。


「……って、何考えてんだろう、私」


 おばあちゃんが死んだのは、その守り神を私が貰った後だ。

 それに、おばあちゃんだって元々病気で長くは無かった。

 それでも、やっぱり心の奥で何か黒くて重い泥のような不快感がわだかまって、理由を探さないと、八つ当たりでもしていないとやってられそうにない。

 そんな時だった。


「ふぁあ、何やもうかいな」


 あまりに不自然な、そしてやけに渋い低音が、部屋に響いた。


「……え?」

「雪江さんももうちょっとゆっくりしてかはったらよかったのに」


 私に構わず感傷に浸るその低音の主は、探すまでも無かった。

 ベッドの上にいたぬいぐるみが、明らかに形を変えているからだ。

 それは、まるで猫が寝起きに伸びをするようなポーズで、


「あ、ごめんな。舞ちゃんやったな。雪江さんから話は聞いとるよ」


 伸びを終えた白猫と、不意に目が合う。

 ちょこんとお尻を下ろした小さな猫は、何だか異様なまでに神々しかった。


「僕は雪江さんとこの守り神。代々その家系に手渡しされて、女の子を守ってきた神様やで。呼ぶときは白さんでも白猫さんでも、好きなように呼んでええよ」

「……守るって、おばあちゃんのこと守れて無いじゃない」


 私は、思わずそう溢してしまった。


「せやな、雪江さんの病気に僕は何も出来んかったわ」


 白猫さんが悔しそうに肩を落とす。

 なぜ言い訳をしようとしないんだろう。

 人間はいつか死ぬ生き物だから、それを変える力は無かっただとか、最もらしい理由を並べてくれたら、私も納得できるのに。

 これじゃあまるで責めてくれてって言ってるようなものじゃない。


「……病気を治せないなら、あなたには何ができるの?」

「何も出来んよ。僕はただ、困ってる子の話聞くだけ。それ以外は、ほんまに何も出来ん。守り神なんて言われてるけど、正直そう呼ばれるほどの猫ちゃうねん」


 私の質問に、白猫さんは正直に答えてくれた。

 その言葉に嘘はないと、彼の目が語っている。


「そっか、だから白猫さんは守り神なんだね」


 人には時に、こうやって真正面から話を聞いてもらう事が必要なんだ。

 綺麗事や優しい嘘では、一生癒えない傷だってある。

 でも、ただ話を聞いてもらうだけで、素直な言葉を貰えるだけで、その痛みは少しずつ軽くなっていくんだ。


「じゃあ、白猫さん。さっきはキツイこと言っちゃってごめんね。今までおばあちゃんを守ってくれてありがとう。……それから、これからもよろしくお願いします」


 ベッドの上の小さな守り神に、私は頭を下げた。

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おばあちゃんのぬいぐるみ 宵埜白猫 @shironeko98

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