第22話

 12月4日、管内のビジネスホテルの一室で男が惨殺体となって発見された。男は寝ているところを襲われたらしくパジャマ姿のまま、遺体は一部を切断されていた。頭部を切断された男の身元は、免許証などから札幌在住の坂井圭介と判明した。この12月の末に時効をむかえる富士見台一家殺人事件の被害者家族の兄にあたる人物だった。弟の坂井信行もまた、15年前、同じくパジャマ姿で頭部を切断された姿となって発見された。遺体の発見者は兄の坂井圭介だった。

 15年の時間を経て発生した似通った事件に、捜査本部は浮き足だった。同一犯の犯行だとすれば、先の事件の時効をむかえてしまったとしても、さらに15年の月日を捜査に費やせる。捜査本部にとって幸いだったのが、今度の事件では目撃者がいたことだった。

 事件の第一発見者、田中 舞は、被害者、坂井圭介の部屋に入る直前、廊下を走り去って行く若い男を目撃していた。捜査本部は、銀髪の背の高い男の行方を追い、男はホテルの近くをうろついているところを発見され、重要参考人として捜査本部のある富士見署に連れてこられた。

 男の名は、皇(すめらぎ)拓也といった。

 もっとも、署に連れてこられてからというもの、スメラギ自身は一向に口をきかないので、身元については所持していた免許証から割れたのだった。

 取調べにあたったのは、鴻巣と土居だった。

 目撃者が銀髪の男をみたと証言したと聞いたとき、鴻巣はもしやスメラギではなかろうかと危惧したのだが、悪い予感があたってしまった。

「おい、スメラギ。何で、坂井圭介の泊まっているホテルにいたんだ」

 目撃者の田中 舞はスメラギを見るなり、現場近くの廊下を走り去った男だと証言した。スメラギは否定も肯定もしないが、はっきりした目撃情報がある限り、鴻巣はスメラギに現場にいた理由を問い質さなければならない。

 鴻巣は、坂井圭介とスメラギが知り合いであると知っている。坂井圭介が売却しようとしていた家に、事件の被害者となった家族の霊がとどまっていないかを調べてもらっていたという関係だ。その場に鴻巣も居合わせたのだが、その後、坂井とスメラギの間で何かトラブルが持ち上がったのかもしれない。

 だが、スメラギは坂井圭介を殺した犯人だろうか。15年前と同一犯の犯行なら、15年前のスメラギは9歳、しかも富士見町には住んでいなかった。

では、15年前の事件を真似た模倣犯が別にどこかにいるというのか。それもあり得ないのだ。犯人は、頭部を切断、持ち去った。15年前の事件で坂井信行の頭部が切断、持ち去られたと知っているのは捜査本部の人間か、犯人だけだ。新聞などには「遺体の一部」としか発表していない。遺体の一部が「頭部」であると正確に知るのは、犯人のみだ。

「おい、いいかげん、だんまりはやめたらどうだ」

 鴻巣がうながしても、スメラギは頑として口を開こうとしない。取調室のパイプ椅子に浅く腰掛けたまま、両腕を組んで、正面の鴻巣を見透かして入口の壁を見据えている。

 これは徹底抗戦をはるつもりかと、鴻巣は深いため息を漏らした。スメラギは犯人ではないと、鴻巣にはわかっている。だが、スメラギが事件現場に居た理由を言わない限り、黒とも白ともつかぬ灰色で、他の刑事たちの疑いを晴らすことができない。

 仕方ないと、鴻巣は土居を取調室から外に出し、スメラギとふたりきりになった。

 ふたりきりになると鴻巣はスメラギのすぐ近くに体を寄せ、小声で話しかけ始めた。

「なあ、おい。お前が犯人だなんて、俺はおもってない。おもってないが、事件現場にお前がなんでいたのか、理由を言ってくれなきゃ、こっちとしてはお前を解放してやれないんだ。例の家の件で、坂井圭介と話をしていたとか、そんなところなんじゃないのか」

 スメラギは鴻巣の顔に一瞥をくれただけで、またすぐに壁へと視線を移してしまった。鴻巣はさらに体を寄せ、スメラギの耳近くまで口を持っていった。

「殺されたのは、坂井信行か」

 その瞬間、スメラギは射るような眼差しを鴻巣にむかって投げかけた。スメラギは、死んだばかりの坂井圭介、いや15年前に兄・圭介を殺して圭介になりすましていた弟・信行の霊を目撃したのだろう、鴻巣は今や、15年前の事件犯人が信行であったと確信した。では、圭介こと信行を殺したのは誰か。

「犯人を見たか」

 の問いには、スメラギは無反応だった。

「鴻巣さん…」

 取調べ室のドアが開いて、土居が鴻巣を手招いた。

 外へ出ると、青い顔の土居のほかに、警部が居並んでいた。

「釈放だ」

 その一言だけ告げられ、以後、鴻巣はスメラギの取調べを許されなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る