第21話

 殺人現場に到着した鴻巣は、息をのんだ。

 現場が凄惨だったからではない。血の海など、鴻巣はとっくに見慣れてしまっている。同行した土居は、真っ青な顔で顔をしかめていた。

「外の空気を吸って来い」

 と、鴻巣は、土居を現場から追い出した。追われるように駆け出していく土居に、他の老練な刑事たちが笑った。

 現場はビジネスホテルの一室。チェックアウトの時間を過ぎても部屋をあけようとしない客の様子を見に行ったスタッフが、死体となった客を発見した。かわいそうに、発見者は若い女で、捜査員にジャケットをかけてもらってもまだ肩を震わせている。

「彼女、見たのか」

「ベッドの下に倒れていて、足元がみえたんだと。それで不審に思って近くまで寄っていったらしい」

「それは最悪だな」

 鑑識の人間と一言二言言葉を交わし、鴻巣も遺体のそばへと近寄っていった。

 血の海の中央にぽっかりと頭部のない死体が浮かんでいる。パジャマ姿で、元の柄も色も見るかげもなく今はすっかり赤茶けてしまっている。鴻巣の脳裏にたちまち15年前の記憶がよみがえる。違うのは、目の前の死体は、体から出たばかりの血に湯気がたちのぼりそうなほどに新しく、切断面が妖しく艶めいているということだ。

「仏さんの身元は?」

「所持品の免許証によれば、坂井圭介。札幌在住ですが、1週間ほど前からこちらに宿泊していたそうです」

「坂井圭介?」

 若い巡査から奪った免許証には確かに坂井圭介とある。いや、坂井圭介ではなく、坂井信行というべきか。

「頭部がなければ、本当に坂井圭介なのか、身元確認のしようがありませんね」

 土居が戻ってきていた。外で吐いてきたのか、息に吸えた臭いがまじっている。新米刑事のにおいだ。

「頭部は?」

「まだ発見されていません」

 鴻巣に問われ、若い巡査がこたえた。

 鴻巣は唇を噛んだ。土居の言うとおり、頭部がなければ死体の身元確認のしようがない。果たして殺されたのは坂井なのか、15年前同様に、別の男の首を落とし、坂井圭介、いやいまや信行と確信する人物は逃亡したのではないか。

「おい、15年前の富士見台一家殺人事件、覚えているか」

 鴻巣はベテランの鑑識官をつかまえた。

「あ、ああ。確か、もうすぐ時効だろ?」

「なあ、同じ手口か?」

 鴻巣は死体の頸部切断面を顎で示した。

「さあ。詳しく調べてみないとわからんが」

「大体の見当でいいんだ」

「同じかどうかはわからんが、似ているとだけは言えるな。鴻巣、お前、15年前と同一犯の犯行だと思ってるのか」

「でなきゃ、偶然すぎるだろ。兄弟そろって首ナシ死体になるなんてのは、どんだけの確率だ?」

 犯行手口が15年前と同一であれば、犯人は坂井信行に間違いない。今度は、他人の首を落として、さも自分が死んだかのようにみせかける魂胆なのだ。

「模倣犯の可能性もないわけじゃない。仮に同一犯の犯行だとして、15年という時間は空きすぎだろ。まあ、調べればすぐわかるがな」

 鑑識官の話を聞くうちに、鴻巣の脳裏にはスメラギの姿が浮かんできていた。

(ヤツに聞けばいい)

 スメラギに、殺された男の霊を探してもらえばいい。

 鴻巣はコートのポケットをさぐった。確か、もらった名刺を入れておいたはずだ。

「鴻巣さぁーん」

 部屋の入口から鴻巣を呼ぶものがいた。第一発見者にコートをかけてやった若い刑事は

「容疑者らしき男の目撃証言がとれました!」

 と、声を弾ませた。

「髪を銀髪に染めた若い男だそうです!」

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