第23話

 「おい、スメラギっ!」

 署の玄関を出ていこうとするスメラギを、鴻巣が追いかけてきた。

「なんだよ、おっさん」

「お、やっと口をきいたな」

「容疑者でもない人間につきまとってると、上から小言食らうぜ」

「知り合い同士がたまたま道ですれ違って世間話するだけだ」

 鴻巣はスメラギの肩を抱き、急ぎ足で署を後にした。

 歩きながら話そうと、鴻巣とスメラギはあてどもない一歩を踏み出した。

「お前、警察の上のほうに知り合いでもいるのか」

 小声で鴻巣は尋ねた。

 殺人事件の重要参考人として呼び出されたスメラギは、数時間もしないうちに釈放された。何の供述もしていない、捜査に非協力的なスメラギを解放させたのは、何か大きな力があってのことだと、鴻巣はうがった。

「これでもいろんなコネがあんのさ」

 スメラギがだんまり通しだったのは、どの道釈放されるとわかっていたからか。鴻巣は若いスメラギの横顔をみた。生まれつきの白髪と長身の体は確かに目立つが、探偵とは名ばかりの便利屋家業の若者が、警察上部にくいこむコネクションをもっているとは到底思えない。

「おっさん、出世したかったらあんまり俺と関わらないほうがいいぜ」

 スメラギの一言は、そのコネクションがかなり上層部にあると示唆していた。

「いまさら、出世なんて望んじゃいないさ」

 と鴻巣は言い、「もう遅いか」とスメラギは署を出て以来、はじめて笑った。

「なあ、教えてくれ。15年前の一家殺人事件の犯人は坂井信行、兄・圭介を自分の身替りに殺したというのはうちの若いのが推理したんだが、今度の事件で坂井信行本人を殺したのは誰だ? お前は犯人を知っているんじゃないのか?」

 スメラギはまた黙り込んでしまった。だが、鴻巣は、スメラギと並んで歩きながら辛抱強く待った。取調べ室での反抗的な態度とは違って、今、スメラギは言葉を探して黙っているだけだと鴻巣は知っていた。

「犯人は、坂井圭介だ」

 スメラギはぽつりと言った。

「坂井圭介? だが、やつは15年前に死んでいるぞ?」

「正確に言えば、坂井圭介の霊だな。地獄に落とされたんだが、弟に復讐しようとしてこの世に舞い戻ってきたんだ」

「幽霊の復讐か?」

「まあ、そんなとこだ」

「どうやって、幽霊が人を殺すんだ? 祟りとか、そういうのか?」

 怯えた様子の鴻巣に、スメラギはそうじゃないと笑って否定した。

「霊は人を殺せない。人間を殺せるのは人間だけだ」

「じゃあ、誰か人を使って? ん? ってことは、お前以外に霊視ができる人間がいて、そいつが坂井圭介の霊のかわりに復讐を遂げたってことか?」

 スメラギはうなずいてみせた。

「霊がみえるのは何も俺だけじゃない。知っている限りでは、霊視ができるのは俺と俺の親父だけだが、他にもいるはずだ。それと……」

 めずらしくスメラギが言葉を濁した。

「それと?」

「俺は、殺人事件の被害者とは関わらないようにしている。彼らの心残りは大抵、自分を殺した相手への復讐だからな。自分が味わった苦痛を相手にも味合わせてやりたいって望んでやがる」

 悪意をさもその体に取り込んでしまったかのように、スメラギは顔をしかめてみせた。

「俺はそんな依頼は引き受けないが、世の中には、そんな霊たちの願いを叶える人間がいるのさ」

「復讐を、か」

「話に聞いていただけで、本当に存在するとは思ってなかったけど、今回の事件はたぶん、その復讐屋の仕業だとおもう」

「復讐屋……」

 坂井圭介の霊の依頼を受けた連中なら、犯人が誰であるかも知っているだろうし、自分と同じ目にあわせてやりたいと頼まれたのなら、一般には知られていない頭部切断という犯人しか知りえない事実が一致するのも納得がいく。生きた人間世界では、犯人しか知りえない事実だが、死人の世界をあわせてみれば、それは被害者が知りえる事実でもあるのだ。

「犯人は捕まらないか、捕まっても、証拠をきっちり固めて別人を犯人に仕立てあげた可能性があるぜ」

 スメラギの不気味な一言は、大掛かりな組織が背後にあることを示していた。

「おっさん、この件、あまり関わるなよ。たぶん、警察内部にも協力者がいるんだろうから……」

 スメラギの警告とも忠告ともつかない一言を胸に、鴻巣は署へと引き返していった。




 鴻巣の姿がみえなくなると、スメラギはケータイを取り出し、電源を入れた。そらで覚えてしまったナンバーを打ち込むと、若い男が出た。

「今回のこと、いろいろお手数かけてすみませんでした……」

 ケータイ電話を耳に押し付けたそのままで頭をさげそうな勢いで、スメラギは詫びを述べた。

 「心配されてましたよ」という相手の言葉に、スメラギは「すいません」と再び小声で謝った。

 「それじゃ、お伝えしておきますから」と電話の声の主は言い、先方から切れた。スメラギは、まるで生まれて初めて息をするかのように、大きく息を吸い込み、それからゆっくりと吐き出していった。町はすでにクリスマスの賑わいをかもし出し始めていた。

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