第11話

 改装中とあって、家の中は殺風景なもので、家具もなければ壁紙や床板もはがされて、がらんとしている。玄関をあがってすぐに、スメラギはこの家には霊はいないと確信した。

 霊がいれば、その姿を見る前から、スメラギは霊の存在に気付く。人の気配はあたたかい体温だが、霊のそれは体の芯まで凍らせる冷気だ。寒々しい家の中には、夜のうちに冷えたままの空気が取り残されていたが、それは冬の寒さに縮こまっている空気で、霊の気とは異なった。

「よし。いねえ」

 と言うなり、スメラギは玄関のすぐ正面の階段をあがっていった。遮るものの少ない家の中に、スメラギの声が響き渡った。

「ちょっ、スギさん」

 慌てて袴の裾をからげるように、美月が後を追った。

 スメラギは2階の部屋の間をうろついていた。1階同様、2階もがらんどうとして何もなく、ビニールシートを透過した日の光が1階よりは強く、あたりは明るい青みに満たされていた。

「いないのに、何で見て回るのさ」

 追いついた美月が尋ねると

「時間稼ぎ。入ってすぐ出てっちゃ、本当に調べたのかって疑われるしな」

 と、スメラギは、やんちゃな笑顔を浮かべた。

「なあ、スギさん。僕は庭で待っててもいいかな」

 美月は寒いのか、肩を震わせていた。スメラギとは違い、坂井家で何が起きたかを知っている美月は一刻も早く家の中から逃げ出してしまいたかった。スメラギは霊はいないと言い切ったが、長くはいたくない場所だった。

「おお、わかった」

 スメラギに見送られ、美月は階段を降り始めた。

 その時だった。

 階下に何かの気配を美月は感じた。とたんに着物の下の肌に寒気が走る。美月は飛ぶように階段をかけのぼり、小声でスメラギを呼んだ。

「スギさん!」

「何だよ」

「下に何かいる」

「あー? 何もいねえ…」

 かすかな物音を聞き逃すまいと、美月はスメラギをさえぎった。じっと息を殺していると、スメラギの耳にも階下で何かが動きまわっているような物音が聞き取れた。

「いないんじゃなかった?」

「さっきから、霊の気配なんか、これっぽっちも感じないけどな。見えないお前に聞こえるんだから、霊じゃなくて、嵐のおっさんじゃねえの? やっぱり気になって様子を見にきたとか」

 スメラギと美月はそうは言いながら、しばらくの間、階下に聞き耳をたてていた。それまでかすかに聞こえていた人の歩き回るような足音は今は途絶えてなくなった。

「気のせいだったのかな」

「野良ネコとかそんなのが歩きまわっていたんだとおもうぜ」

 スメラギにそう言われ、安心した美月はふたたび階段を降り始めた。背後にはスメラギが続いた。

 階段の途中で、美月は階段下から顔をのぞかせている男と目があった。壁際から首から上だけが覗いて美月をじっと見ている。美月はおもわず足を止めた。

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