第10話

 不動産屋、嵐 寿三郎の運転する車で連れてこられたのは、嵐が電話でスメラギに霊視してくれと持ちかけたいわくつきの物件、15年前に一家殺人事件があったという家だった。

 2階建ての一軒家は丸ごと、ビニールシートに覆われ、リフォームを請け負う工務店の名前を掲げた垂れ幕が冬空に翻っている。傷は癒えても傷痕は残る。事件のあった坂井家を覆うビニールシートは、街が負った傷のいつまでも消えやらない青いかさぶただった。

 坂井家には駐車場があるにもかかわらず、嵐は玄関先の路上に車を停め、スメラギと美月を降ろした。

「それじゃ、私らはここで待ってるから、あと頼んだよ、拓也くん、美月くん」

 そう言って鍵を渡すなり、嵐はスメラギと美月を家へと追い立てた。車中には嵐と、家の持ち主で事件の被害者家族だという坂井圭介が残り、坂井は「よろしくお願いします」と助手席からふたりに頭を下げた。

 恰幅のいい嵐のせいで、猫背気味な坂井はより小さくみえ、助手席に縮こまって座っている姿は、まるで置物のようだった。黒縁の眼鏡が顔の印象の半分を占めていて、後でどんな人物だったかを思い出そうとしても眼鏡しか浮かんでこないというほど、顔立ちに目立ったところがない男で、実際、坂井家の玄関をあがったときには、スメラギはすでに坂井圭介の顔を思い出せないでいた。

 嵐は、殺人事件が起きたといういわくつきの家の売主、坂井圭介に、スメラギには霊がみえると吹き込み、亡くなった家族が未だにこの世にとどまっていないか見てもらいましょうと持ちかけた。家族の霊がいれば、神社の禰宜を勤める美月にお祓いをしてもらって…と美月も呼び出し、いわくを取り除く準備に余念がない。

 スメラギに霊がみえると坂井に信じてもらうため、あえて事件の概要はスメラギには知らされなかった。スメラギは一家全員が殺されたということしか知らずに、坂井家に入っていった。



「あの人、スメラギさんには、本当に霊が見えるんでしょうか」

 助手席からスメラギと美月の後ろ姿を見送りながら、坂井圭介が不安げに疑問をもらした。ここへ来る車中で、嵐が延々とスメラギの霊視能力について説明したのだが、坂井はスメラギの霊視を了承しながらも、その能力にどこか疑念を抱いているようだった。

「信じられないのはわかりますよ。私も、自分が体験するまでは信じられませんでしたからな」

 嵐は、自分が扱ってきた物件での不思議な出来事を話した。

「私は見えるわけではないんですが、どうにも説明しがたいことはあるのだし、何より拓也くんと知り合って、そういうことを信じるようになったんです。だから、拓也くんが調べてきてくれるまでは、ちょっと家の中に入ろうとはおもいませんねえ」

 目の前に殺された被害者の霊でも見ているかのように、嵐は肩を震わせた。

「私、ちょっと様子をみてきます」

 そう言うと、坂井は助手席のドアを開け、家のほうへと小走りに駆けていった。その後を、慌てて嵐が追った。

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