遺言
「あっ、もしもし、さねちー?」
電話を掛けた。かじかんだ手をコートのポケットに入れ、その中にあるスマホを取り出し、通話記録から日本の友人に電話を掛けたのだ。ちなみに、僕の携帯はとある筋からの特注品なので、ド田舎だろうが秘境だろうが絶海の孤島だろうが電波が通じる。
『何?』
明らかにいらついた声が電話越しから聞こえる。仕事中だったのだろう。社長なんて、無駄に豪華な椅子に踏ん反り返っていればいいだけだから暇だろうと思っていたのだが、実際はけっこう大変らしい。株価変動とか社内会議とか他社との接待とか。また彼の場合は、自社の広報に社長自ら乗り出しているので、それにテレビ出演が加わる。まあ、そんなことは気にせずに電話したいときに電話する僕なのだが。
「あははぁ、ゴメンねぇ」
『君さ、反省してないだろ』
「勿論」
『そこ、自信持って答える所じゃないから。……それで、今何処にいるの?』
「フィンランド。サンタとサウナが有名なとこ」
『ふうん。ていうかさ、君そろそろ働きなよ。そんな流浪人みたいな生活、いつかはガタが来るよ』
「るろうに雪兎、カッコ良くない?」
『カッコ良くない。やめてくれよ、顔に十文字の傷付けたりとか。おろ? とか言い出さないでくれよ』
「おろ?」
『フリじゃないっ!』
「ねえ、知ってる? サンタ捕獲キットってのが発売されたんだって。しかもけっこう本格的で、びっくり」
『話を逸らすな。……ちょっと待って。もしかして、君サンタを捕獲しようとかしてないよね? やめてよ、サンタ狩りとか。いくら十歳からサンタに来てもらえなかったからって』
「さすがの僕も老人虐待はしないよ」
『それは良かった。って、そんな無駄話はどうでもいいんだよ』
僕だって面白可笑しく無駄話をしたかった訳ではないし、電話をするという意表を突いて、目の前の「彼」の隙を窺うなんてことでもない。単に、諦めたのだ。
この状況を打開するのを諦めた。電話をしたのは、僕の遺言を聞いてもらうためだ。何故、そんな大切な人に真葛秋人を選んだのかというと、単純に、彼と話をするのが気楽だったからだ。いつだったか、こんなことを話したことがある。
「僕が旅先で死んだら、後はよろしく」
「まあ、いいけど。で、遺産分配は?」
「お好きにどうぞ。死人に口なし」
「あ、一応、文面に残しておいて。サインだけするように書類作っておくから」
次の日、本当に書類を作って来たので、サインをして印鑑も押してある。
つまり、僕は、もうすぐ死にますので後はよろしく、という訳だ。それに、フィンランドの森の中という特殊な地で死ぬから、それも伝えておかないといけない。
今から死ぬというのに、ドライ過ぎないかと思うだろう。僕はそういう人間なのだ。自分の不幸も、他人の不幸も笑うような、そんな人間。いつだったか、思い切って、このことを、さねちーにに打ち明けたことがあった。彼は怒りもせず「ふうん、そうなんだ」と言っただけだった。彼も彼で「世の中、金が全て」とか平気で言ってしまえるような人だったので、僕にはちょうど良かったのだろう。だから、遺言を伝える相手はさねちーに決めていた。金に関してはきっちりしているだろうし。
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