最期の言葉
『で、今度は何? ついに雪男でも見つけちゃった?』
と、さねちーが会話を続ける。そういえば、まだ肝心な事は何一つ伝えていない。一瞬、もう少し雑談を続けようかとも思ったが、止めた。これが最後の無駄話なのかと思うと感慨深くもな、らないか。
「いや、狼なんだけどさ」
僕は今置かれている状況を軽く説明する。さすがに、その狼が怪異であることは伏せたが。言った所で信じはしないだろう。
『え? それで、君はその狼を狩るんだろ?』
同意を求めるように、そうであって欲しいと願うように、さねちーは言った。
「ううん、狩らないよ」
僕は、彼の願いを砕いた。
『ちょ、ちょっと待ってよ。雪兎君、それじゃあ君は』
何、取り乱してるんだよ。この事態に直面しているのは僕なのに。
「だからさ、後のことは頼んだよ」
僕は書面でも書いた、遺言を告げる。残された財産は、希望通り、さねちーの好きなようにすればいいこと、ユニセフなり動物愛護団体なりに寄付してもいい、家は取り壊して土地を売り払っても構わない、葬式は挙げたければ挙げてくれ、と。喚き声を無視して、淡々と告げた。
「…………ありがとう」
最後に、僕らしくない一言を付け加えて電話を切った。
正直さねちーにはがっかりした。もっと冷徹に送り出して欲しかったのに。あれじゃあ、まるで彼が僕の死を認めたくないみたいじゃないか。こっちは覚悟を決めているというのに……。
死ぬのはそんなに怖くなかった。今までだって、いつ死んでもおかしくない体験を何度もしてきた。それを乗り越えられたのは奇跡と言ってもいいだろう。奇跡はそう何度も起こらない。その奇跡のおかげで僕だけが助かるなんて虫が良過ぎる。
これで、おしまい、だ。
「待たせちゃってごめんね。別に僕は何の抵抗もしないから、遠慮なく狩りなよ。あー、でも痛いのは勘弁して欲しいなぁ。一瞬で殺っちゃっておくれよ」
人間の言葉なんて通じてないだろうが、僕はそう話し掛け、丸腰であることを示すために両手を広げる。これで僕に飛び掛ってくるだろう。ちなみに、彼が今まで様子を窺っていたのは、僕が隙を見せなかったからだ。電話で無駄話をしている間も、遺言を告げている間も、ハンターとして、彼を捉えていた。しかし、今の僕は完全に彼の捕食対象としての態度を取っている。そのうち、彼の牙が僕の肉に食い込み、僕は命を終えるだろう。
やっぱり、皆は怒るだろうな……。
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