幸せの使い

藤瀬京祥

幸せの使い

 河東かとう理子りこ、27歳。

 付き合っている同い年の彼氏、市井いちい力輝りきとはもう三年。

 力輝は、よく言えば一緒に歩みたいタイプ。

 悪く言えば奥手というか、慎重というか。

 見た目は、むしろグイグイ引っ張っていきそうな感じなんだけどね。

 そして時々……本当に時々だけど、空気を読まなかったり、奇想天外な行動をしたり。


 そんな力輝とは新入社員として入社した今の会社で、同期として知り合った。

 部署が違うから、一緒に仕事をしたのは研修期間だけ。

 いや、研修期間を 「仕事をした」 なんて言ったら怒られるかもしれない。

 もちろんその時は二人とも仕事を覚えることに忙しくて、お互いに意識するどころか、わたしなんて力輝を個体認識すらしていなかった。

 名前くらいは覚えていたけれど、時々呼び間違えたりして。

 おかげで付けられた称号が 「名前を覚えられない女」 です。


 今は、少なくとも一緒に仕事をする部署の人や同期くらいは、顔も名前も覚えてるわよ。

 さすがに部署の人は仕事に支障が出るからね。

 同期とはそれぞれの部署に配属になってからも飲み会で定期的に顔を合わせていて、力輝にはその帰りに告白された。

 それからもう三年。

 お互いに27歳になって、そろそろ……とか思うんだけど、力輝の性格がね。

 わたしは30歳までには結婚できればいいなぁ~とか漠然と思ってるんだけど、力輝が何を考えているのかさっぱり。

 わたしと力輝が付き合っていることを知っている同期からも 「結婚しないの?」 とよく訊かれる。


 いっそわたしから逆プロポーズしてみる?


 一度結婚について話し合ってみるのもいいと思うけど、力輝の性格を考えれば、あまり結婚結婚と迫るのも良くない気がする。

 嫌われたくないしね。

 やっぱりそうなるとわたしから逆プロポーズっていうのもどうなの……となる。

 まだ30歳どころか、28歳の誕生日までも時間はあるけれど、そんなことを考えながら過ごしていたある日、久々に力輝がやってくれた。


「やる」


 そう言って、半ば押しつけるように渡してきたのがクマのぬいぐるみ。

 ちょっと待ってくれる?

 どうしてクマのぬいぐるみなの?

 百歩譲ってクマなのはいいとして、どうしてぬいぐるみ?

 だってわたし、27歳よ?

 ぬいぐるみを欲しがる歳じゃないわよ?

 もちろん幾つになってもぬいぐるみが好きな人もいるけれど、それを否定するつもりはないけれど、少なくともわたしはそうじゃない。

 見た目だって性格的にもぬいぐるみじゃないわよ?

 それでどうしてぬいぐるみなの?


 しかも唐突にっ?


 久々のドライブデートの帰り、お礼を言って車から降りたわたしを追いかけて下りてきた力輝。

 なぜかその手には、手乗りよりもう少し大きいクマのぬいぐるみが載っていた。

 しかも包装なしの剥き出し。

 それを押しつけるように渡してきた。

 あまりにも似合わないプレゼントにわたしが呆気にとられていると、力輝は 「じゃあまた明日」 といってさっさと帰って行ってしまう。

 待って……と追いすがろうとした時には、力輝の車は遥か遠くに。

 やむなくわたしはクマのぬいぐるみを持って家に帰ることにした。


 だってどうしようもないじゃない。

 まさか折角力輝がくれた物を捨てるわけにもいかないし。

 とりあえず自分の部屋に飾り、翌日の昼休み、あらかじめ招集を掛けておいた仲のいい同期と社食で話す。


「はぁーさすが市井いちい君。

 なに考えてるか読めないねー」


 一人にはそう言われたけれど、もう一人はなんだか様子が違う。

 わたしの溜息混じりの話を聞いて、笑いを堪えた感じに話してくる。


「いやいやいや、そうじゃないんじゃない?」

「そうじゃないとは?」


 訊き返すわたしに彼女は、やはり笑いを堪えた感じで話す。


「そのぬいぐるみ、よく調べた?

 なにかあるかもよ」


 ぬいぐるみを調べるってなによ?

 ぬいぐるみはぬいぐるみで、それこそ犯罪要素はもちろん、サスペンス要素もないじゃない。

 そんな調べるって、探偵や刑事じみた要素がどこにあるのよ?

 若干オカルト要素はあるけれど、あれはぬいぐるみより人形のほうが高い気がする。

 でもなにか気になって、終業後、家に帰ってから改めて力輝にもらったクマを見る。

 そういえば昨日、「じゃあまた明日」 なんて言っていたくせに、今日は会社で力輝を見掛けなかったな……とか考えながら。


 小さなこどもが抱えて持つにはいいサイズだと思う。

 わたしや力輝には、掌サイズよりちょっと大きいくらいだけど。

 首にタータンチェックのリボンが結んであって、そこに指輪の飾りが付いている。

 これはちょっと珍しいかも。

 しかもこどもが付けるには、少しサイズが大きいような?

 ほら、よくあるじゃない。


 オモチャの指輪


 でもこどもが嵌めるにしてはサイズが大きく、質感も本物そっくり。

 デザインもかなりお洒落で、使われている宝石いしも本物そっくり。

 ひょっとしてこのぬいぐるみ、結構お高いのでは?

 興味がないだけあって全然詳しくないけれど、ぬいぐるみにもブランドとかあるのかしら?

 指輪をリボンに下げるための鎖もメッキではないような?

 ひょっとしてこれ、本当にお高いぬいぐるみ?


 マジで?


 一応ね、同期たちに言われたこともあって調べてはみた。

 例えば口の中に小さく折りたたんだメッセージが入っているとか、背中にファスナーがあるとか。

 そんなことを考えながら、ぬいぐるみを手にとって角度を変えて眺めてみたり、手で探ってみたり。

 それこそ色々してみたけれど、なにもありませんでした。

 今日は残業もなく早く帰れて時間もあったし、同期二人にも写真を撮って送ってみた。


【調べたけれどなにもなかった】


 そうメッセージを添えて。

 するとお昼休みには意見が割れた二人だったけれど、なぜか返信が同じ。


【指輪!】

【その指輪!】


 ん? この指輪がどうかした?


【あんたのそういうところ!】

【市井君が可哀相】


 ちょっと待って。

 お昼休みはわたしの味方だったはずなのに、急に力輝の味方になるの?

 その掌返しの理由がクマのぬいぐるみってどういうことよっ?

 感情任せに誤字りながら返信をしたら、二人からはとにかく指輪を外してみろとのこと。

 はいはい、わかりました。

 言われるまま外した指輪をよく見たら、内側に文字が彫ってある。


 from riki to riko


 え……? ………………えぇーっ?!

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幸せの使い 藤瀬京祥 @syo-getu

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