廃墟with幼なじみ
という訳らしいのだが、脳内処理は今言われた言葉に追い付けていない。理解し返答するまでにはもう二秒程時間が必要なのだった。
「サレナと僕……降魔の、二人」
「ええ、そうよ。あいつが名前を持つ前に、あんたとの間には何かがあった。これは確実」
非常階段を上り、ギギギと変形したドアをこじあける星河は淡々と言う。
この絵面だと、何だか僕が肝試しスポットにビビる彼氏みたいじゃないか? こういうパワーがモノを言う場面でのみ、前に出させてもらえると助かるんだけど。
「残念だけど、ここじゃそのパワーだってあたしの方がモノ言わせられると思うわ。――そもそも、他の奴じゃここに入ることすら叶うかどうか」
「……え?」
どういうことだよ、と問おうとした矢先だった。僕らの目の前に広がった光景。
「な、何だこりゃ⁉」
ここでまた焼け焦げたクラスメイト、なんて光景だったら地球の果てまでエスケープしようと思っていたが、違った。
吹き抜けになっているショッピングモール、そのメインフロア。
そこには最早足の踏み場もないくらい、とんでもない量の『名札』が散乱していたのだ……
おそらくかつての中学校では定番だった、胸ポッケに付けるタイプ。星河がドアを開けた瞬間ジャラリと異音がしたのは、ドア付近まで崩れていた名札の山。その一部のものだったらしい。
落ちていた一つを手に取ってみると、
「名前部分が完全に削り取られてやがる……」
下部分の学校名だけを残し、彫刻刀で乱暴に削り取られた白いプラスチック。
まさかこれも――
「ええ、そうよ。サレナの仕業。彼女はあんたから流れた降魔の名を、片っ端から引き剥がし続けた。見えないけど、探せば免許証とか住民票も落ちてると思う」
割れた窓から、入ってくる明かりは中途半端に屋内を照らす。
僕は意味もなく上を見上げ、
「僕らが初めて作った秘密基地の何倍くらい広いかな、ここ」
「え、何その存在しない記憶?」
そうだった。小さい頃からこいつ、僕をブロック遊びで仲間外れにしてやがったんだ。
*
「中学三年の冬、高校に上がる直前に、あんたは降魔ではなくなった」
ざり、ざりと名札の層を僕らは歩く。
「決定的だったのは卒業式の日。ボタンを渡してきたあんたが降魔の力を失っていることに気付いた私は、最初は自然消滅だと思ったわ。元からあんな力、人が持たないに越したことはないし、ようやく普通の生活に戻るんだって心の底から安堵した」
その時はね、と星河。
しかし次の瞬間にはその顔に影がかかり、
「でも違った。もっと前――あたし達が中三になった時、周りで力を失う子が続出したの。人は皆名を持っていて、大なり小なり力を行使できる。気が付いた者に限るけどね」
その通りだ。星河も、川内も雲龍かかおも。そして中学時代の僕も、超常の力を当たり前のように行使できたように。他の者もまた例外ではなかった。
てか段々暗くなってきた。一方で星河は全く足取りに迷いがないまま続ける。
「自覚がある子もいたし、そうじゃない子もいた。でも話を聞いていくと、みなある共通点を持つことに気付いたわ。――このショッピングモールによく来ていた」
それは……探せば他にもあったんじゃないか? 趣味が一緒とか、メアドが被ってるとかさ。同年代の女子なんて、その手の話で如何に共感できるかだろうに。
「メアドとかいつの時代よ。もちろんそんな日常会話で確認できるようなことなんて全部聞き尽くした後だったっての」
お前は猪突猛進に見えて、案外疑り深いというか細かいもんな。それで、確証を得たタイミングは?
「細かくないっ。確証を得たのは、その時よくつるんでた三人がまとめて『名前』を奪われた時ね。あたしはその時、体調が悪くて行けなかったんだけど」
若干悔恨を滲ませる星河。不幸中の幸いと言うべきではあるだろうが、自分がいればそんな事態にさせなかったのにと思っているのかもしれない。
「そんなヤバい話初耳だぞ。どうして」
「言わなかったんだ、って? 違うわ。言うという選択が奪われていたのよ」
「……え?」
僕が挟んだ疑問に、星河は予想外の返答。いまいち点と点が繋がらない気がする……
「違和感ない? あんたが『降魔』を失ったのは中学を卒業する時で、サレナの干渉は中三の頭から。つまり」
「僕の『降魔』は、少しずつ削ぎ落されていた……?」
星河の首肯。つまり——僕がその時点で気づいていれば、当時から動いていたサレナと衝突した可能性が極めて高い。そうなれば、このショッピングモールの惨状どころでは済まなかったかもしれないということか。
物騒な話のせいか、廃墟と化したショッピングモールの空気がさらに淀んできたような気がする。
その後も、星河は名札の山から何かを探していた。時折独り言が聞こえたが、その意識に僕という存在がまだ残っているのか、廃墟の中で激しい不安に苛まれる。
昨日みた、放火後の教室。名前ごと死んだ学校と、名無しの名札まみれの廃墟。その全てに深く関わる『見えない女』降魔サレナは廊下と放課後にのみ現れ、力を失った僕と沢渡星河、川内真緒。そして雲竜かかおが一堂に集まった。
それはまあ、ともかくとして。
「ふ、二人っきり、だね……?」
「内股で短小を挟むな。そろそろ学校戻るわよ」
うん、あれだ。祭りの最後の方ではしゃぎ始めるタイプなんだよ、僕。
廊下の窓には今日も後輩が映っている。 ししおういちか @shishioichica
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