旧部室棟。別名、停学スポットらしい

「らしいよ」


 いやそんなメタ認知前提の振り方やめてくれ。みんなキョトンとしてるじゃないか。


 かくかくしかじか、とか本気で使いそうな現代オラつき系ギャルこと川内真緒が言うには、ここはマジで人気がない。そして教師でさえも来るのを面倒臭がるようで、少し前には喧嘩沙汰、今ではカップル達大好物のスポットと化しているようだ。


 カップルたちが何をするのかって? 僕に言わせるなそんなこと。面倒なのでアルファベット括りしている友人共は当然の如く男しかおらず、異性間のホットな話題など親の仇より余程憎い年頃なんだ。


「でもネットで『彼氏に求める条件ベスト3』とか検索してそう。知ってた? その結果出来上がるのは女子の想像通りの男でしかなくて、やっぱり魅力ないのよね」

「貴様、いつか大炎上させてくれるわ」


 ブチギレる僕、しかし無情極まる星河は目もくれない。年季の入った廊下が立てるミシミシという軋みでは、慰めとして余りにも無力だった。つらい。


 一見すると異性に恵まれた環境。しかし何故か上昇する憎悪を胸に秘めていると、階下に差し掛かったところでサレナが、


「じゃ、真緒ちゃんは後でね」

「あ? ……そうだった。忘れてた」


 まだ春だが、今日は中々に気温が高い。いかにもかったるいとばかりにYシャツをパタパタさせる川内は、ホームルームの後担任に呼び出されていたようだ。


「メンド。ちょっと職室行って来る」


 職員室を職室って略すのやめろ。


 一旦離脱した川内を除く僕達三人は歩く。昼休みに続きこの面子。

 何と切り出そうか迷っていると、


「真緒抜きで大丈夫? あたしはここじゃ大して役に立たないけど」


 星河が懸念をサレナに伝える。何か嫌な予感がしてきた。


「うーん、たぶんね。この時間帯ならサレナ一人でどうとでもなるかなぁ」


 どう思う? そんな思いをサレナが視線に込めてくる。知らんがな。


「おい、サレナ……」


「ん? 帰っちゃ駄目だよ♪」


「答えによっちゃ、帰りはせんが逃げはする」


 こいつらは『名前』の意味を知り、力を行使できる。

 全人口の数パーセントしか該当しないらしいゲテモノ。その中でも最高峰の脅威たる現『降魔』は、とても楽しそうだった。


「まさかドンパチやろうってんじゃないよな?」

「んー。ドンパチもだし、もっとひどいこともあるかも」


 サレナの答えと共に、星河が足を止める。何かの接近を察したような警戒を覗かせる表情だった。


「……。いや、尾けてきたか」


 ここは二階。旧視聴覚室以外の、かつて授業に使われていた教室群が立ち並んでいる。


 だが、そこに充満する気配はノスタルジーとは程遠いものだった。


「な、何だ、こりゃ!?」


 振り返った先はやはり廊下。そこには、旧制服と思しき学生服、セーラー服に身を包んだ――生徒達と『思しき』誰かが無数に佇んでいた。


 思しき、というのはそうとしか表現できないからだ。何せ、


「かなり末期症状だねー。呪縛霊? っていうのかな。厳密には生き霊に近い残留思念なんだけど、『美味しそうな名前』に対するこだわりというか執着みたいなのだけで踏み留まっちゃって」


 見えているのに、正しく認識ができない。そうとしか言いようのない奇妙な生徒達を前にしても、のほほんとした調子を崩さず観察するサレナ。


 腕を鳴らしている星河といい、こいつらオカルト研とか異能バトル部とかの方が向いてね? 存在するかどうか知らんけど。


「ふーん、ま、今まで相手してきた奴らに比べりゃちょっと薄味かな」


 実は腰が抜け気味の僕はそれでも強がってみる。ネットの情報でしか女子の感情を知り得ない男、という印象を覆す時が来たかもしれん。


 しかし、続く星河の注意喚起で三分の一の純情なプライドが打ち砕かれることになった。


「アンタは気を付けた方がいいわ。触れたり構いすぎたりすると、コイツらと同じになるかも――」


 エスケープアンドランナウェイ!


 逃げ恥? いいや逃げるが勝ちとばかりに、僕は躊躇いなく背を向け脱兎の如く走る。「って、ちょ!? 目の届かないとこ行くなー!」という星河の叫びをバックに階段をさらに下りる。


「今までどんだけ『名前』で狙われてきたと思ってんだ。足の筋力だけは自信あり!!」


 一人の女子生徒――だった何かがふらりと付いて来ていることには気づかぬまま、僕は一階へと足を運ぶ。


 一方、走り去ったサキトを黙って見送ったサレナに対し、星河が噛み付いた。


「何で行かせたの!? ただでさえのよ、アイツ!!」

「……うん。正直このままだと確実にアウトだね」


 流石に降魔サレナも無策でいるわけではない。こんな物騒な場所に本拠を構えたのも、彼女なりの理由がある。


 今はまだ、経過観察以上のことはできない。


「大丈夫、流石に逃げ切れると思うし」


 *


「ふう……とんでもないホラー体験だった」


 しばらく歩き、ようやく一息つく。とて、と一つ足音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。僕の俊足にかかれば豹だって面食らうに違いない。廊下かつ、逃走に限って言えばだが。


 無計画に走ってきたはいいが、さてどうやって部室、もとい旧放送室へと戻ろうか頭を巡らせる。逆の階段を使えば行けるだろうが、またあの生き霊もどきに付き纏われては敵わない。


 ――正直、こっちの棟には殆ど来たことないから構造を把握しきれてないんだよな。どっかに渡り廊下的なやつないのか?


 そうこう考えている内に、だだっ広い場所へと辿り着く。


 玄関だった。何だ、旧部室棟も外から入れるんだな。


 僕は安堵。この学校のガバガバ具合は知っている。内側からなら、南京錠などはなく鍵は自分で簡単に開けられるのだ。これは勝った。


 上履きのままだけど、この際仕方がない。正面玄関から入って部室へ戻ろう。


 サレナ達もその内戻ってくるだろうし、川内だってそろそろ来る頃だ。そんな風に油断し切っていた僕が再び固まるのに、そう時間はかからなかった。


 ふと横を見る。そこにあるのは下駄箱だった。古びた木製の、今にも腐りそうなかつての備品。


 そこには――



「何で、こっちに僕の靴が……?」


 

 名札もとうの昔に剥がされ、ただの一人も使用していないはずの場所。


 鍵もなく剝き出しの下駄箱の一角に、たった一つだけ収まるスニーカーは見覚えのあるものだった。


 ひた、とその背にまた足音が近付いていく。


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