体育館倉庫に誘い出された件
1
今度見せられた振りは、何だか偉く派手なものだった。
「いや、これどう見てもお笑い芸人とかがやるやつだろ。制服じゃ色々と大変だぞ」
見せられた動画はどう見てもネタ感満載な上に、転げまわったり飛び跳ねたり果ては倒立してみたりと、華のJKがやるには似つかわしくないように思える。むろん、男子高校生たる僕とて、電子の砂漠でも人の視線という物は気になるというもの。
つまり何が言いたいかと言うと、
「ヤなの?」
「ヤだね。真っ平御免だね」
ということだ。
しかし、「んしょ、んしょ」などと言いながら準備運動に余念のないサレナは、やはり聞く耳を持たぬ素振り。どうも星河といい、後輩というのは都合の悪い言葉は耳に入らぬ性質をしているようだ。
「おい、ホントに僕はやらないからな。ってかここ女子便だし。誰もトイレに来ないなんて保証ないし、出るぞ」
女子トイレなぞ、入るのは小学校の掃除当番以来である。健全思考たる僕は友人A~Zとは異なり、フルリスクノーリターンの冒険などしないのだ。という訳で、足早に出て洗い場にて待機。
しかし、そこで授業に戻れぬ意志の弱さこそ僕の悲しき性というものか。この胡散臭い指先怪力暴君の後輩は、そんな心の隙を見逃すはずもなく、
「そのAからZ君は、少なくとも行動力でサキト君より上だから健全なんだよ。で、君がモブ扱いするお友達よりも影が薄いってこと、自覚できてるかな♪」
健全思考を誇る僕に対するアンチテーゼと化したサレナ。でもほら、敵を知り己を知れば何とやらというだろう? 奴らは敵の強さを図らず突っ込む烏合の衆。かの孫氏にならい、僕は勝利を確信した時にしか戦には挑まないんだ。
「そーやってごちゃごちゃ言い訳するから、アルファベットの中に女子が一人もいないんでしょ。ほら、君はもう深刻な状態なんだから早く」
哀れかな、真の敵はすぐ側にいて対抗する術のない僕は女子トイレに引っ張り戻されてしまう。始まったのは、まるで器械運動と大道芸の入門編かと思うようなアクロバティックなショート撮影だった。しかも表情筋までフル稼働ときている。これにすぐさま対応できる僕って一体……。
三度に渡る取り直しを経て、仕上がりを確認するサレナ。の横で膝をついてへとへとの僕。意外と時計の針は進んでいない。
「これだけ派手に撮っても認知されないなら、いよいよ部活頼みかなー……」
額から汗さえ滲む僕とは対照的に、サレナはマスクをつけていても涼しい顔。本気で運動部……はきつそうだからスポーツ系同好会への加入を検討すべきかと悩む僕に、
「よーしおっけ…… じゃ、次は体育館へレッツ業♪」
おい待て、僕が積むのは徳であって業ではないぞと注釈を入れる前に、再びツマミ。そして数年ぶりの女子トイレへ別れを告げる僕。いや別に惜しくも何ともないけどさ。
なるべく広い場所で、というサレナの意向により、僕とサレナは一階にある一番綺麗なトイレまで来ていた。そのため、体育館は直ぐ近くだ。
「今度は何させる気だ? 1on1でもしようってか」
生憎バスケの心得はミニバスの数年間のみだが、やはり体育館といえばスキール音。この期に及んで回りくどい告白なんてものを期待する程、僕の脳ミソはお花畑ではなく、実のところまた何か撮るつもりなのだろうという予感しかなかった。
「んー、それも悪くないけど。サキト君じゃ星河ちゃんには勝てないんじゃないかな」
ベースメイクあるところに、マスカラ、アイシャドウ、アイブロウパウダーの三角比を完全なものとした目をまん丸にするサレナの口から、この場には無関係なはずの名前が出る。昨日のこともあって僕の反応は早い。
「え、星河? あいつに何の関係があるんだ」
「行けばわかるよー♪」
その言葉の通り、本当に行った瞬間わかった。というより、サレナがシャトルドアを開ける前から、ボールの弾む音が微かに漏れ聞こえていたからだ。
やることがなさすぎてとりあえずボールで遊んでましたというようなシュートの撃ち方。その主、ボブカットの新入生はこちらを見ると無表情に言った。
「……サレナか。遅い」
その声音といい、何だからしくないダウナーオーラを纏っているじゃないか。よもや、昨日の件で僕が帰った後にもまた何かあったとか? っていうか、僕もいるんだが?
「え? ……ああ、そうね。アンタもいたか。うん、わかってる」
七割くらいしか開いていない目のまま、何だか歯切れの悪い返答を返してくる。こいつにしては珍しく、声がマスクに吸収されて若干聞こえずらいくらいだ。
「珍しく威勢が悪いな。寝不足か? ひょっとして、あの後まだ川内の夜襲があったとか?」
「そういう訳じゃないけど。今日の放課後はわかんないけどね…… ほら、早く済ませましょ。こっちは授業サボってまで、こんな罰ゲームに加担してやるってんだから」
ったく何であたしが、とぶつくさ文句を垂れながら、星河は倉庫の方へと歩いていく。ボールを放ったらかしにしているのを気付いた僕がついでに戻しておこうと駆け寄ると、サレナが先にボールを拾い上げた。
「ふふ、星河ちゃんってばホントはノリノリな癖に♪」
そのまま、ぱたぱたと星河の後についていく。
サレナ、お前がバスケットボール持ってると、何だかエース狙いで加入したマネージャーみたいだな。もちろんルールなんてミリも知らない感じの。
……などという失礼な感想を面と向かって言う度胸など、この状況に至るまで振り回されっぱなしの僕にあろうはずもない。せいぜい仏頂面でポッケに手を突っ込むくらいである。
「おー、悪くないシチュエーション♪」
やっぱラブコメには密室がなきゃ、というサレナの何のこっちゃな感想。黒ずんだボロいマットの臭いは、授業以外の静まり返った体育館だとやけに存在感が増すな。
後輩女子二人に、一人二年生男子たる僕が体育館倉庫に結集、という謎展開の中、ずっと下を向いている星河に向かって、サレナが急かすように促す。
「ほらほら星河ちゃん、ちゃんと言わないと変わらないよ? 早く♪ 早く♪」
「う、うっさいな。わかってるし……」
ウキウキのサレナに体を揺らされる星河、心なしか、というか相当顔が赤い。
え? 一体何が始まるんですか?
星河の赤面に伴い、僕のキョドりも段階的に増し始める。そうこうしている内に、再びサレナが撮影モードに入った。何故かマスクを下ろし、一流カメラマンのような構えで気合十分だ。
あーダメダメこっちこっち、とカメラマン直々に僕達の配置を整えた後、よく考えたら一度も見たことのないサレナの素顔を確認する間もないまま、テイクスタート。
とはいえ、僕としては何をしていいのやら、だ。キョドりゲージが臨界点を突破する直前。こちらも負けずにマスクを触ったり髪をいじったり指を絡ませたり、大忙しだった星河がついに火蓋を切って落とす。
「あ…………あの、アンタ…… ううん、センパイに話があんの……いや違、あるんですっ!」
そう言った瞬間、モードを切り替えたつもりなのか勢いよくマスクを毟り取る。
二重、三重に絶句する僕を置いてけぼりに、間違いなく新入生の中でも上位にランクインするであろうほぼ幼馴染の後輩は、
「あたし、あたし…… センパイのこと」
1on1をやっていたら即座に抜き去られていたであろう、驚異のアジリティで距離を詰め、手をぎゅっと握ってきた。両手で包み込むような王道のパターンにしては、いささか力が強い。
そうして軽く瞳さえ潤ませながら、
「センパイの、こと…………ずっとずっと前から、忘れてないから!! これからもずーっと、忘れてなんかやらないんだからね!!!!」
え、何言ってんのこの人? という僕の間抜け顔もばっちり、動画化決定。
2
……一体何だったんだアレは。
という心のクエスチョンに誰も答えてはくれぬまま、その後の授業はつつがなく進行していった。
まあ僕とて間抜けではないので、星河とサレナが突飛な行動に出た大体の理由は想像がついていた。だからこそ、僕は今日の授業において生涯初というほどに、挙手と質問を積極的に行ったのだ。
降魔の名を失った代償。そしてその名を持つ新入生の接近。
昨日のギャル襲撃事件といい、しばらく停滞していた流れは再び動き出しつつあるのかもしれない。『魔を降ろす』なんて物騒な名前を狙う奴の気が知れないが、川内という名ですらあそこまでの力を持っているのだから、現在の『降魔』たるサレナの力については、ノンフィクションにしては余りに演出過剰なものとみて間違いあるまい。
何てね。ガラじゃねえや。
その名はとっくに捨てている。元よりボッチ耐性を備える僕からしたら、忘れ去られることも案外大した事態ではないのかもしれない。埋もれないようにしつつ、所々で顔を出していけばいいのさ。
「……なーんてこと、考えてないよねサキト君」
悲しきかな、当たり前のように旧放送室へと向かっていた僕を容赦なく補足する現『降魔』。どうやら廊下というのは、彼女のテリトリーであると認めざるをえまい。何せ、いつもとは違う道を通っているのに平然と隣を歩いているのだから。
「別に。なるようになるさ。この程度のピンチ、降魔だった頃に比べりゃまだまだ序の口だしな」
「ほほーん? それは頼もしいなあ。今日の活動でもその虚勢、続くといいねい」
にししし、と新種の笑顔を見せるサレナ。ピンク色のウレタンマスクでも判別できるとは。現代のメイクとは目元だけでここまで表現できるものか?
我が国の技術に感嘆する内、僕達は気付けば旧放送室に到達していた。入ると、
「……! 忘れてないっ。よし」
「よーちょろちょろ童貞。飲みモン買ってきた?」
小さく握り拳を作ってガッツポーズの星河と、足を組んで美脚を見せつける川内というペアが目に飛び込んでくる。昨日の続きが勃発しているのではないかと懸念が渦巻いていたが、心配ないようだ。
「生憎、生まれてこの方水筒持参派なんだ。他人は愚か、自分でも滅多に自動販売機を利用しないタチでね」
「うは、ケチくせー。絶対彼氏にしたくないタイプ。言いふらそ」
何とでも言え。身なりに大量の資金を投下できるお前と違って、こちとら昇降格を繰り返すエレベータークラブのように資金繰りは慎重なんだよ。
うわっえげつない人数じゃん、と川内の端末を覗き込む星河が目を見開く。「うちらのグループ。お前も入れとくわ」という川内は、僕の台所もとい資金事情を拡散するグループに星河をも引き込む。やばい、ギャルのネットワークを考えたら怖くなってきたぞ。
「なるほど。あれならしばらくサキト君の名前は忘れられないね。真緒ちゃん策士だ」
逆に、ということか。あれは計算じゃなくて単なる包囲網にしか思えないけどな。気を付けろ、奴らは卒業しても地元に根付き、死ぬまでネットワークを維持するんだぜ。
「じゃあ、いざとなったらサレナも入れてもらおっかな。……それより! みんな集まったね。早速今日の活動を始めたいと! 思います!!」
助走までつけて、いえーい♪ と天高く拳を突き上げるサレナ。もちろん誰も便乗しない。
「んぇ、ひょうはあぃふんお?」
無許可拡散を終え、もふもふと片手でクリームドーナツを頬張りつつ聞く川内。これも様になるとか、生物としての差を感じざるを得ないな。
その問いに、明らかに用意していたであろう早さでサレナは答えるのだった。
「そうだなあ。まず、今までに名を奪い合って、見えないを超えてここに取り残された昔の新入生観察でもしよっか。その後はお待ちかね、新入部員勧誘の話だよ♪」
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