練習3

Ayane

第1話

改札を抜けて見知った道をゆっくりと進む。暖かい日差しにそろそろ春の気配を感じ取る。


数年ぶりに訪れたいわゆる本家のお屋敷は変わらず手入れが行き届いていて、管理をしているおじさんの性格が表れているのだと思う。


「いらっしゃい。」

「ご無沙汰しております。また少しの間お世話になりますね。」

「気にせんでゆっくりしていきなさい。いつもの部屋を使うといいよ。」


ニコニコと人好きのする笑顔で「荷物を置いたら居間においで」と奥に下がっていった。


学生の頃は長い休みになるとやってきては長逗留するので、いつの頃からか和室を一室自分用にあてがってくれるようになっていた。他に家族もいないから好きに使ってくれていいと言われて、遠慮なくお言葉に甘えて現在に至る。


いつもの部屋に行くと床の間には椿が一輪。

そして和室には少々不釣り合いなクマのぬいぐるみが一体、文机の上に座っていた。


荷物を置いて居間でお茶を飲みながら軽く近況報告をして今回の目的…というか、ここを訪れる目的はコレしかないのだけれど、蔵の鍵を借り受けた。


お屋敷というくらいだから立派な蔵もあるわけで。そこにはご先祖様が集めた様々なものが詰まっている。良いものも良くないものも。その中から相方の仕事に役立ちそうなものを探すためにやってきた。


簡単に言うとウチは代々けっこう名の知れたいわゆる術師の家系で、蔵にあるのは

ご先祖様の集めた道具やら研究資料やらなんやらかんやら。でも何代目かのご先祖が「術師やーめた!以後術師を生業にすることを禁ずる」といきなり廃業してしまった。といって集めたものを簡単に処分することもできず、厳重に蔵に保管して代々守り人が管理をしている。まあ、ある意味宝の持ち腐れだとも思うけど。


そんな蔵に興味を持ったのが幼いころの自分。自分でもよくわからないけど中にいると異様に落ち着く。いつぞやは姿が見えないと家人総出で探しまわった挙句、蔵の隅っこで寝こけているのを発見されたこともあるらしい。そんなわけで、そんなに気に入っているならと相当危ない物品を隔離したのち出入り自由にしてもらえた。


蔵の中ではおじさんにもらったクマのぬいぐるみを連れて探検ごっこをしたりお絵描きをしたりして過ごし、施錠に訪れた家人と共に母屋へ帰る。お風呂に入ってご飯を食べたらこっくりこっくり舟をこぎ出し、布団に運ばれるのが常だった。


ある日いつものように寝落ちて布団に運ばれ休んでいると、何かの気配を感じて微かに意識が浮上した。


「…そろそろいいんじゃないか…」

「まだまだ 他の奴らが寝静まってから…」

「柔らかくてうまそうだなぁ」


半分寝ぼけた状態で聞こえる話し声。


「…もういいんじゃないか…」

「そおっと食べれば気付かれないかもな…」

「じゃあさっそくいただきまぁす!」


誰だろうと思いつつうつらうつらしていると

瞬間ピシッという音と共に空気が震えた。


刹那気配はなくなり、そのまま再び眠りに落ちた。



翌朝、クマのぬいぐるみはいなくなっていた。



「おじさん、私もう大人なんだから自分で対処できるよ。」

「まあまあ あって困るものでもないしね。」


こういう家系なので廃業したからと言って能力が消えてなくなるわけでなく、良くないものにも目を付けられやすい。大人になる過程で対処方法は教わるけど、理解できる年齢になるまでは誰かが守っていないといけない。といって四六時中張り付いているわけにもいかないので、護身の術を込めた身代わり人形を身近に置くことにしたという。


別に人形でなくても良いのだけれど、子供が持っていてもおかしくないという理由でぬいぐるみになったとか。因みに、クマの他に定番のウサギやイヌ、変わり種はオオサンショウウオっていうのもあったかな。どこで調達してきたんだろう。


あ、件のいなくなったクマのぬいぐるみは、なかなか盛大に破裂四散していて子供に見せるのはいかがなものかと目覚める前に片付けられていたらしい。

いなくなって一瞬は不思議に思ったけど、すぐに後釜のヒヨコで探検ごっこを始めたので結構クールなお子様だったんだな、自分。


今なら変なものに襲われても返り討ちにしてやるけど、久し振りに探検ごっこに付き合ってもらうことにしよう。

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練習3 Ayane @tenn1027

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