舌切り雀の成人式

死神王

本編

 深夜零時の夜、月も鬱蒼に沈み始めて、夜すらうとうとと瞬きをし始めた。私はこの日が誕生日で、18歳を迎えた。ちょうどさっきまで友達からの祝福のメールやメッセージを捌くのに精一杯で、やっと落ち着いてゆっくりとしようという感じだった。高揚感もやや収まり、少し落ち着いた心持ちでスマホを見ていると、だんだんと眠くなっていき、そのまま私も夜と共に眠る準備をし始めていた。

 突然、スマホのバイブレーションが暗闇に鳴り響いた。眠たい目を擦りながら、スマホをよく見ると、LINEからの通知が一つ来ていた。それは中学生の頃の友人、すずめからのものだった。

(お誕生日おめでとう)

(大人になっちゃったし、また二人で話したいな)

 雀とは中学校時代仲良くしていた。趣味が近くて、雀と私はよくウマが合っていた。けれど、ある事が理由で疎遠になってしまっていた。

 彼女には自傷癖があった。中学校のころからずっと制服の冬服を脱がず、私服はいつも長袖で、夏すらも長袖なのに私も違和感を持っていたのだけれど、仲良くなって二人で遊ぶようになって、雀は私に袖の裏を見せてくれた。袖の裏は薄いピンクの半月のような跡が沢山あり、

「私、自分を傷つけないと生きていけないの。」

 と告白された。それが私にはあまりに強烈で、そこで私は雀を拒絶してしまったのだ。

 だから、ここでもう一度会うということが怖いと思う一方、縁を無理やり切ってしまった罪悪感も感じていて、返信にずっと迷ってしまった。

 暗闇に沈んだ寝室は夜に慣れた目でも世界をぼんやりと、いや、むしろはっきりと鮮明に不明確を広げていて、その空間の息を吸うと、妙にセンチメンタルになっていった。

 後日、待ち合わせの喫茶店に行くと、店内に雀らしい顔つきをした少女がいた。でも、昔と打って変わって、黒髪は金に染まり、耳には所々ピアスが光った。

「雀?私だよ。」

 話しかけると、雀は私に気づき、

「あっ、久しぶり。元気にしていた?」

 と笑顔を振りまいた。

 喫茶店に入ってから数十分が経過して、最初は互いの身の上話をして場を和ませていたけれど、遂に話が尽きると、互いに静かになってしまった。私も特に何か目的があって来たという感じでもないから、どうしたらいいか分からずにいた。

「それでさ、成人に、なったわけなんだけど」

 雀が口を開く。

「どう? 楽しい?」

 雀は私の目を向いて、真面目に聞いてきた。私は言葉に詰まらせながら答えた。

「いや、うん。まあ楽しいけど。」

「雀こそどうなの? 色々充実してそうだけど。」

 雀はふと一瞬、固まったように見えた。けれど、すぐにニコニコして、

「私? 全く楽しくないね。」

「大人になんてなりたくなかったし。好きでなった訳でもないし。」

 何も後ろめたさもないようにすらすらと答えてきた。

 不味い事を聞いたかと思って申し訳なく思ったけれど、雀は気にしないで続けた。

「私さ、よく体を傷つけてたじゃん。何でああいう事をしてたのかよく考えてみたんだけど」

「なんか、怪我があると、まだ私は子供でいられるんだって気がするの。人間って誰かに助けて貰えないと生きていけないでしょ?」

「でも、いくら傷だらけになっても、いくら苦しくても、身体は大きくなるし、周りの目は厳しくなるし……」

「だから、もうどうしたらいいのか分からないよ。」

 雀はニコニコと話したけれど、声にはなんだか諦めのような気の抜けた感じがした。雀の変わらぬ笑顔の裏に何がいるのか、私には分からなかった。

「これ見てよ。」

 雀は徐ろに舌を出した。出した舌はパックリと割れていて、割れた舌の繋がり目には銀色のピアスがついてあった。

「いやっ」

 突然すぎて、反射的に出てしまったけど、雀はあははと笑って、

「ごめんね、意地悪したかったわけじゃないんだけど、」

 一呼吸置いて

「私の出来る事って、これしか無いんだよね。」

 そう言って、ふと横を向いた。

 身体中についたピアスはどれもが肉体を侵食しているけれど、それでも肌は真っ白で綺麗で、頬はぷんわりと赤らんで、私は何でこんなに雀を嫌いになれないんだろうと思ってしまった。

 その答えがわからないまま喫茶店を後にして、雀と別れた後、家に帰るために電車に乗った。帰りの地下鉄はやや満員気味で、私はドアの前に立って、手すりを持ってぼーっと立っていた。

 ふと、ドアの窓に目が行くと、反射した私の顔が映っていた。

 なんだか、随分と腐ってしまっていた。

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