くまのくーちゃん

亜璃逢

くまのくーちゃん


 あ~らら、また泣いちゃったわ。

 そろそろ、私の出番かしら。


「ほ~ら美衣ちゃん、くーちゃんと一緒におねんねしましょうね」


「ひっく……ひっく……うぅぅぅ、くーちゃ、くーちゃ……」


 ちいさな腕で力いっぱい抱きしめられ私の形はムニュムニュ変わる。

 押し付けられた顔から涙やら鼻水やら、あ~もういろんな水分が染み込んでくる。


 でも、彼女が笑うなら、それでよかった。




「いってきまーす」


 まだぶかぶかの制服に、からだの何分の一かというほどの大きさにみえるランドセル。


 私を抱きしめることは少なくなったけれど、枕のそばに置かれた私にもまだまだ出番はあるようだ。


「ちょっとくーちゃん、聞いてよ! あけみちゃんたらねぇ……」


はいはい。愚痴でもなんでもどーぞ。私は口がかたいわよ。




「ただいま~。あ、晩ご飯なに?」

「美衣、あんた、実家にもどってくるなりそれはどーなのよ(笑)」

「だってお母さんのご飯久しぶりなんだものー」


 久しぶりの彼女の声。

 私は白いチェストの上で懐かしく聞いている。




「それで、荷造りは進んでるの?」

「うん大体できた。あとでぼちぼち取りに来るものもあると思うよ。車で小一時間だしさ」


 そんな会話を聞いていたら、


「くーちゃん、ほんとちょっとごめんね」


 不意に手に取られ袋に押し込められる。

 急に真っ暗になってびっくりするじゃないのよ。




 明るくなったら、知らない人が私のあちこちを触り始める。じゃぶじゃぶ洗われる。

 ちょっと、ねえ、なに!?



 いくつかの夜をこえ、私はたくさんの人が吸い込まれていく扉の前に居た。

 白いフリルたっぷりのドレスをまとって。



「ちっちゃいころから色んな気持ちを受け止めてくれてありがとね。お嫁に行く日に、くーちゃんをみんなに紹介したかったんだ」


 ウェルカムボードの前に置かれた私にそう言うと、彼女は彼と扉の向こうに入っていった。



 私は世界で最も幸せなクマなのかもしれない。

 大事に大事にされて

 こんなにも長く美衣のそばに居られて。





 そして今、彼女の娘が眠る様子を眺めている。







*****

600組以上ブライダルMCをしてきた中に

小さい頃から大好きだったくまのぬいぐるみを

ウェルカムボード前に置いた新婦さんがいらっしゃいまして。

それをふと思い出して、なんの捻りもなく書いてみました。そこ以外、内容はオリジナルです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くまのくーちゃん 亜璃逢 @erise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ