第25話 学校祭
九月も終盤に差し掛かり、学校祭の時期がやってくる。
僕の通う、いたって普通の公立高校。それでも生徒の自主性を重んじる校風のためか、学校を挙げて取り組んでいるのがこの定期イベントだった。外部から保護者や友人を呼びこめるこの一日限りのお祭りは、日曜開催ということもあって、毎年そこそこの盛り上がりを見せるらしい。初めて挑む大規模レイドにクラスのみんなもすっかり奮い立っている。
騒乱の一日が明けて。以前にも増して、鋭く尖った針のむしろを体感しながら迎えたホームルーム。議題はもちろん、学校祭の催し物についてだった。
「メイド喫茶なんてどうでしょうか!」
早速、クラスの男子がピンと手を伸ばした。
「内装は机やイスを代用できますし、ドリンクメインにして、ちょっとしたスイーツを作り置きしておけば調理の手間も省けます——」
それらしい理屈を早口で並べるも、彼の下心はしっかりと透けて見えた。メイド服姿を眺めてニヤニヤしたい、と太めのマジックで顔に書いてあった。
たしかに、その提案は納得できる要素もある。学年の美女二大巨頭を擁する僕らのクラス。加えて、周りを固める陣営も粒揃いとなれば、集客力は間違いなくある。回転率の上げる工夫をすれば大きな収益も見込めるだろう。でも、そんなありきたりであからさまな企画、頼む却下してくれ……っ!
「ありだな」
担任の田中が、メガネの奥を細めてニヤリと笑う。黒い笑顔だった。このアラサー女性教師は売上をネコババする心づもりだろう。これ以上罪を重ねないでほしい。
僕はクラスを眺め、反論や別の意見が出るのを静かに待つ。当然ながら口を出す立場にない。
「田中先生、いいですか?」
そこに、教卓の目の前に陣取るユヅキが珍しく主張を見せた。
驚愕の大変身を遂げてから、学校での控えめな態度に大きな変化が加わったよう。陰日向にこっそりと咲いていた幼馴染が、今や堂々と咲き誇っていて少し感慨深い。いけ、ユヅキ。どんな意見でも僕は否定しない。メイド喫茶以外の提案なら大賛成。できれば手間のかからない、なんなら休憩所とかがいい。
無念にも、その主張はあさっての内容だった。
「席替えしません?」
「この前したろ」
「でもうちは強制的に教卓の前に決められて、くじを引けなかったので」
視力悪いくせに裸眼を貫くユヅキに配慮した結果なのだが、平等に与えられなかった権利を今更ながら行使しようとする。このタイミングで発言すること? と思うも、なぜか田中はなるほどと頷いた。
「たしかに。いい加減、わたしも
「はい。うちも、このアリーナ最前列から先生の顔を見飽きたので」
「気持ちは同じみたいだな」
ひと回りどころかふた回り以上も殻を破ったユヅキの背中を見つめる。過激な内面を知るのは僕だけでよかった。今までの友だちを大切に、もっと普通の高校生活をエンジョイした方がいい。
すると突然、隣の
「すでに得た結果を放棄するのは、私たちにとって平等じゃないと思います」
「なるほど、それも一理ある」
勃発した大事件の誤解をといてかろうじて関係を維持しているカノジョも、本来であれば奥ゆかしい清楚な優等生。普段ならこういう無遠慮な主張は見せない。昨日の一件があり、ユヅキへの対抗心は明白。二人のバチバチはこれ以上見たくなかった。けれどもこの特等席を手放したくないので、僕も鈴穣さんにこっそりと同意する。
「それじゃあ、トレード権を与えよう。交渉は任せる」
途端に面倒くさくなったのか、担任は投げやりな解決策を提示する。だけどすぐさま、ユヅキの交渉相手が見つかった。
「あ、それなら、私の席と替えてください……」
目の前に座る、控えめな女子が恐るおそると手を挙げる。たしかにこの席は嫌だよねとすぐに察した。僕への嫌がらせの流れ弾が当たってもおかしくない場所なのである。
もはや交渉すらなくスムーズに席の交換が行われる中、
「ちょっと待った。オレも移動したい」
「いきなりなんだ、
最前列
「二回連続でここは、不正のニオイがすんだよ」
「いや、おまえの席はくじ運の導いた結果だ。トレード権は与えられないな」
「フン、そんなの必要ねえ」
そう言って机を持ち上げると、僕の後ろの方に移動させて、ドンッと威勢よく着席した。
「オレはここに座るぜ」
「なにもない空間に列を創っただとっ!?」
関わったことのないクラスメートたちが
「おまえに睨まれるのも飽きたし、まあそれでいいよ。その態度は内申点からしっかり引いとく」
クラスの目立つ存在に囲まれて
いきなり風変わりな新キャラが出てきたけど、関わらないつもりなので、おそらくもう出てこないと思う。来年はきっと後輩だろう。
***
「あっ、
「ユヅキ。そのプリント、早く回してくんない? 後ろのこわい人から強い視線を感じる」
「ねえ
「せめて教科書でしょ鈴穣さん。対抗しなくて大丈夫だから。優等生の座をちゃんと守ろ?」
新しい環境でまるでラブコメみたいな日々が過ぎ、僕の精神が確実に摩耗していく中、あっという間に一週間が経った。
授業と並行してその間も着々と出し物の準備が進み、早くも学校祭の日が訪れる。
「iPhoneの新機種が出たのかってくらい並んでるなぁ」
教室の前に連なった行列を眺めて、ついひとりごちる。しかしここには転売ヤーがいないので、まさしく正真正銘の人気を誇っていた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ただの喫茶と見くびるなかれっ! ここにおわすは絶世傾国の美女たち。そんじょそこらの美人とは、あぁっ、わけが違うっ! ひと目見ただけ鬱が吹き飛びっ、会話を交わせば寿命が延びるぅ! ……しかし、しまった。なんと入場料はタダときたっ! おひとり様ワンオーダーで地上の楽園。こりゃあなんて大盤振る舞いだっ! お帰りの際は、どうぞおひねりをこちらの募金箱へ……おっ、愬等。暇そうだな」
「津田くん、僕を気にせず続けていいよ」
珍獣の見せ物小屋みたいな客引きをする津田に話しかけられる。意外な特技を生かす場所が見つかってよかった。
結局、クラスの催しはごく普通のカフェスペースを提供していた。当初の投票結果は欲望の塊であるメイド喫茶が優勢だったものの、わざわざメイド衣装にコストを割かずとも制服のポテンシャルだけでいけると踏んだ田中の鶴のひと声で覆ったのだ。民主主義は存在しなかった。
「愬等は準備班か。ラッキーだな」
「そうでもないよ。どこに行っても人がいて、トイレの個室すらノックが止まなかった」
「そんな迷惑な場所に引きこもるなよ……」
分業体制を敷いた僕たちのクラスは、設営撤収と買い出しを務める準備班、当日担当の集客班・調理班・接客班に分かれて各々の役割をこなしている。采配はもちろん、総監督の担任田中。ちょいちょい漏れた不平不満はワニワニパニックのごとく潰されていった。
一日しかない書き入れ時を逃すなと、志々芽さんや鈴穣さん、一躍主力並の容姿に変貌したユヅキといった目を惹く面々は接客班へと動員され、おかげで他クラスを圧倒する大繁盛を見せている。一方で準備班に割り振られた僕は片付けまでお役目ごめんとなるため、このとおり手持ち無沙汰に放逐されていた。
「そんなに暇なら、他クラスの
「クエストがあると目的がはっきりして助かる」
津田のかき集めた引換チケットを手渡され、グルメハントの旅に出る。
この日ばかりはカップルも大手を振って
「ん、このゲキ鬼バリ
「そこの君っ、五つ買ってくれたら一つオマケするよ。十個なら三つも!」
「えっ、あ、じゃあ」
僕がパシられているのを見抜いた商売上手に甘えつつ。上級生棟まで遠征したおつかいミッションも両手に荷物でひと段落ついたところで、
「さっきのあれ、超こわくなかった?」
「お化け屋敷の客引きかな。どこのクラスだろ」
向かいから歩いてくるカップルの会話が、ふと耳に入った。お化け屋敷なんてコスパの悪い催しに手を出すクラスがあったのか。事前準備が間に合わなくてケンカしたり徹夜したりしてたんだろうなぁ。これも青春エネルギー保存の法則ってやつか。
そう考えながら惰性で動かしていた足が、はたと止まる。
「え、なに。コスプレ?」
「にしては不気味じゃない?」
ざわざわとしたお祭りムードの雑踏に、その違和感はいた。
廊下の先、その中心に、ポッカリと空いた空間。
「ぶつかるよっ、前見て」
「お、危なかったー。ナイス。って、えっこわっ」
横切るだれもが遠巻きに避ける。それほどまでに異様な、全身に深淵を纏う、歪な姿。
それを見て、僕は頭のてっぺんから足のつま先まで一瞬で
こんなところにいるわけない。いて、いいはずがない。
急いで踵を返す。振り返る勇気はない。ここから早く逃げないと。
いつの間に別世界に? いや志々芽さんの自作自演は終わったはず。じゃああれだ。鈴穣さんのときと同じ。クソッその疑問をすっかり見過ごしていた。
待て——
「アイツっ、あのシャドウ……みんなに見えてた……っ?」
なんで、どうして。疑問がふつふつと沸き上がっては、焦燥感によって消されていく。次第に速くなる両足が自然と走り出していた。
頼みの綱はそこにしかない。ぶつかる人を気にも留めず、一心不乱に駆ける。
「志々芽さん……っ!」
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