第4章

第24話 【彼女の決意】

「ハァーっ。しんど」


 なにもやる気が起きない。

 もうずっとベッドに寝転んだまま。寝ようと目をつぶっても、モヤモヤとした感情がわき出て、すぐに目を開けてしまう。


「あたし、ヘンだ……」


 シャワー浴びててもご飯食べててもネイルしてても。なにをしていても、ユクエの顔が浮かぶ。

 しかもなんでハートまで浮かんじゃってるワケ?


「ねぇ、グリモン。ユクエみたいな男の子、どう思う?」

「ありよりのあり。将来設計できるオトコって何気にレアよ?」


 枕元であたしのスマホを触るグリモンに声をかける。別世界でお別れしたあとも、なんかフツー出てきてくれた。寂しいのだったからホント助かるし、いなくなったら困る。あたしの、最高の話し相手トモダチ

 そんでグリモン、昼間に呼ぶとめっちゃおこなクセに夜はやたら起きてる。肌に悪いからやめなよって言っても聞かない。地肌見たことないけど、毛で隠れるって超有利アドじゃん。


「だよねー。しっかりしてるっていうか。あたしバカだし、超頼るよね」


 思い返してみると、最初はじめの印象はガチ陰キャのクラスメート。いや陰キャとかべつにいいけど、人の自由だし。隣の席でずっと寝てて、いくらなんでも寝すぎ。低血圧わかるわーってならない。


 だけど一学期のテスト前。正直ショージキ、見直した。担任の田中っちに頼まれたからって時間割いて勉強教えてくれるとか、ただの超いいヤツじゃん。賢いのは知ってたけど、それって日ごろ頑張ってるからだし、あたしにムダな時間使わせるの悪いじゃんフツー。なに引き受けちゃってんの。

 あれ。思い出すと、あんま勉強した気しないな? 魔法でなんとかしちゃえってなったんだっけ。


「つかグリモン、さっきからなにしてんの」

「エゴサ」

「それも肌に悪いからやめなー?」


 夜な夜なグリモンがスマホでなに調べてんのかわかんないけど、わりとどうでもいい。あたしが使ってないときは好きにしてーって感じ。


 暗い天井を眺めてもなかなか寝付けない。ここ数日いろいろありすぎたから、これあたしのキャパ超えてんのかも。


「グリモン、なんか曲かけて。歌ないやつ」

「アレクサじゃないんだけど?」


 有名ランドのクラシックアレンジが耳元で流れはじめる。曲の選択チョイスわかってんじゃん。

 てか急にじゃない? 今日の学校で。ユクエの顔、マジで見られんかった。


「はぁーマジ無理。なんか思い出すと、つらっ」

「なに、ユクエのこと?」

「そー……」

「え、好きになったとか? シチュエーションに酔っちゃった的な?」

「違うし」


 長かったような短かったような別世界パラレルワールドでの出来事を思い出す。

 たぶんあたし暴走してた。目の前のことに夢中で、出てきた人型の影シャドウを片っぱしからブッ飛ばしまくってた。

 でも、間違ってた……。敵とか本当はいなくて、全部、自己中なあたしのせい。ユクエがそれに気付かせてくれた。

 あれだけ迷惑メーワクかけて。泣きじゃくるあたしをかばって、しかもその負担を引き受けてくれた。エモすぎでしょ、そんなの。


「好きっていうかぁ——」


 言葉にしてしまったら、こんなに簡単なことはない。


「ダイスキ」


 あたしの心が固まった。だけど変化が起きたのは、きっと、もっと前だったよね。

 気付くのマジ遅い。でも仕方ないじゃん、ユクエそんな雰囲気フインキ出さないし。フツーに学校楽しかったし、トモダチと毎日つるんでたら、恋とか好きとかそんな余裕ないって。いろいろあって結局メンドくさいことになるだけだし。

 だから、こんな気持ちと向き合うのもいつ以来かわからない。


「好き好き好き。好きすぎてつらっ」

「ガチの欲求不満じゃん」


 グリモンが柔らかい黒毛をごろごろとこすりつけてくる。ユクエはキモいって言ってたけど、しゃべり方だってすごく馴染んでるし、こういうの見てるとカワイイ以外ない。


「カノンさぁー、あれ使っちゃいなよ。魔法のウォッチ」

「売ってお金にするってコト? ユクエ泣いて喜びそうだけど、どこで売れんのかな」

「あんたバカァ? 勝手に売るなし。トキ止めて、思う存分ちゅっちゅしちゃえばいいじゃん」

「ちゅっ、ちゅぅぅッ!?」


 想像して飛び起きる。いやムリムリっ。卑怯すぎるっしょ。


「行くところまでイッちゃいなよ? どうせわかんないって」

「しないっつの。てか、魔法に頼んないって決めたし」


 あたしはもう魔法少女じゃない。便利で遅刻しそうなときとか忘れ物したときとか隠れて頼ってたけど、いい加減ジリツしなきゃいけない。


「どうしよ? 好きになったら言っちゃう以外ないよね」

「言っちゃえ言っちゃえ。あいつ絶対ドーテーだしいけるって」


 グリモンは勢いであおってくるけど、そんな簡単にはムリ。

 その理由はあきらかで、


「でもハルカと付き合ってんだよね……」


 学校でのやりとりを思い出す。

 教室が朝から盛り上がってて、なに、祭り? テレビの撮影ロケで芸能人きた? とか突入してったら、けっこう修羅場シュラバってた。チカとかユキチがめっちゃ早口で教えてくれたけど、ユクエとハルカが付き合いだして、セナさんが実は婚約者とか寝耳ネミミミミズ。いきなりすぎるし、ユクエそんな態度見せてこなかったし。つか隠れリア充じゃん。

 そういうの知っちゃうと、もうガマンするしかないんだ、って思う。


親友ハルカのカレシ好きになるとかヤバすぎでしょ」

「でもそのハルカって子も言ってこなかったんでしょ? カノンとユクエ仲良いの、見てたら気付くくない?」

「べつにあたしらそんなんじゃなかったし……ハルカだって」


 思い当たるコトがあった。展望ビルでハンパなくデカい影をブッ飛ばして、そこでふたりを見つけたとき。

 なんで別世界あそこにハルカがいたのかわかんないけど、てかなんか抱き合ってたくない? いいヤツっぽいシャドウがグッタリしてて、空気読んでたらこっちまでもらい泣きするし、それでうやむやになって現実もとに戻る前に逃げたんだけど……。今思えば、たぶんあれ、デートだった。


「もっと前から意味深なコト言ってたし。……あんときハルカが言ってた好きな人って、ユクエだったかぁ」


 リゾートバイトのラスト、カメラで撮れたらバズり確定ぐらいめっちゃ星の流れた夜。みんなでビーチに寝転がってお願い事をしたときを思い出す。気付いてもらえますように、とかハルカくっそカワイイくせに遠慮がちなコト言うから、超背中押したよね。


「うまくいくように、流れ星に祈っちゃったしね……」


 流れ星にマジで願い叶える力あるんだってビビる。こんなことなら、賢くなるようにって本気で手を合わせとけばよかった。こっちであんなに星見えないし。


「……カノンさぁ、ほかにも勝手に願い事してないよね?」

「べつに願いごとくらいするっしょ」


 グリモンに頼むわけじゃないんだから自由じゃん。トモダチの幸せを祈るくらい勝手にさせろーって感じ。


「……はーっ、ガチでしんど」


 学校に行きたくないって思うの、初めてだ。

 でも、こんなモヤってるところをトモダチに見せたくない。ハルカが不安になったらヤだし、笑顔で応援してあげたい。

 なにより、あたしらしくない。


 ユクエは、これで幸せなんだよね。ハルカと付き合って、幸せ以外ありえない。

 あいつこそ、報われないとでしょ。隠しててもわかるし。いろいろあったんだって、ずっと見てたらあたしでも気付く。意味ありげなグリモンが、なんとなく手助けしたっぽいのも、わかってるから。


 この気持ちをちゃんと閉じ込めておこう。だれにもバレないよう、心のずっと奥の方にしまっておこう。

 そう決めたら、なんだか寝れそうな気がしてきた。あたし、単純でよかった。


 ユクエの願いが叶いますように。

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