第7話 絶対シたくなるよ?

 甘い匂いのほんのり香る部屋は、以前と変わらず可愛い小物で埋め尽くされ、やっぱり少しごちゃっとしていた。


「……どうして、僕はまたここにいるんだろう」

「決まってんじゃん」


 束の間の現実逃避も、即座に現実へと引き戻される。こうして再び、成り行き任せに志々芽シシメさんの部屋を訪れているのは、今回もちゃんとした理由あってのこと。


「宿題、手伝って?」

「それ夏休みの分だよね。フライングでは」

「だって先に配られたら、もうやっとけってコトだよね。夏休みは遊ぶ以外考えるヒマないし」


 長い休暇を遊び以外に費やしてもらうため配られたのでは。との正論は飲みこむことにした。僕も休み前にさっさと終わらせて、アルバイト三昧の夏を過ごす心づもりだったのである。


「たしかに。せっかくの休みを満喫しないとね」

「そ! 遊びつくす! 夏の太陽は沈まないかんね」


 365日が夏休みみたいなことを言う。灼熱のビーチは毎日過去最高気温記録しそう。

 担任田中から拝命した、マンツーマン専属家庭教師という役職は当然無視するとして。志々芽さんが楽園ベイベーしてる間は、僕もお役目ごめんとなりそうだ。

 しかし、勉強を見る立場としては、始業時の提出物くらいキチンと解答の埋めたものを揃えてやらなければ面目が立たない。課題を早く済ませて勤労に注力したい僕としてもあつらえ向きの状況。


「よし、どうせ僕の負担が大きいだろうけどここは協力して——」


 と言いかけたところで、


「いや待てよ。宿題免除されたんだった」

「ハァ!? なにそれズルくない?」


 ズルくない。田中との交換条件で僕の手に入れた報酬のひとつだ。誰にも文句は言わせるものか! ちなみに新聞のコラムを書き写す課題は最初から存在しなかった。あのクソ教師は取引に平気でブラフを混ぜてくる。


「ということで、僕はブログを書くから志々芽さんは宿題に手をつけて」

「ん? 手伝う気ないな?」

「僕という存在がサボりへの抑止力になる」

「核兵器かよ」

「サボリは僕が受け持つ。だから志々芽さんは宿題を!」

「ここは任せて先に行けみたいに言うなし」


 仲良しみたいな会話を繰り広げる。自然体すぎてギャルなユヅキと話している感覚。というか魔法少女のくだりで怪しい思っていたけど、志々芽さんは案外オタク文化に造詣ぞうけいが深そうだな。


 志々芽さんはこの世の絶望を味わった勢いで、金メッシュの赤い長髪を掻きむしる。女の子の香りが鱗粉のように舞った。


「はぁーっ、ユクエの宿題が写せないってなると、夏休みのプラン総崩れじゃん」

「写すのは前提なんだ?」

「……もう魔法に頼るしか」

「教室で僕の決意届いてたよな?」


 本末転倒もはなはだしかった。そりゃ魔法は便利な力で、女子高生にとっては盛れるカメラアプリくらい多用したい代物かもしれない。しかしそれではグリモンの思う壺である。テストを乗り切るだけで命を張らなければならないのだから、夏休みの課題も同じくらい過酷な代償を払う羽目になるだろう。


「もう魔法は禁止。存在を忘れて、普通の女の子に戻ろ?」

「普通ってそれ一番ツマンないやつじゃん」


 個性の塊みたいな志々芽さんには禁句らしい。かといって魔法少女は方向性が合っているのだろうか。ギリぴえん系の範疇か?


「こうなったら……」


 志々芽さんは意を決したように頷くと、


「やっぱり、ユクエにやってもらうしか」

「他力本願ーっ!」


 四字熟語でツッコむ。楽な選択肢があれば、つい手を出してしまうのは人間のさが。真面目な一面もあるとはいえ、志々芽さんは基本的に自分に甘いギャルだった。


「絶対に手伝わないよ。自分でやり遂げないと、志々芽さんの身にならないんだから」


 僕は心を鬼にして断る。せっかく取引で得た報酬、貴重な時間だ。ここで請け負ってしまえばこちらだって本末転倒である。

 淡々とノートパソコンを開いて、無視を決め込むスタイルを見せつける。お願いの通じない相手とわかれば、彼女も折れて課題と向き合うはず。手をつけるまで口を利かない。どんなお願いもおねだりも構うもんか。心どころか姿勢まで修羅と化した僕だった。


 我慢比べの態度をムスッと睨んでいた志々芽さんだったが、急に黙ったかと思えば、しばらくなにかを考えていたようだ。

 そうして行き着いたアイデアを行動に移したらしく、


「てことはー? ユクエの方から、ヤりたくなればいいわけじゃん」


 そう呟くやいなや。

 向かい合わせの机から外れて、じりじりとこちら側へ這い寄ってきた。その蠱惑こわく的な表情に、思わず僕はよからぬ妄想を掻き立ててしまう。


「や、ヤるっ!?」

「そっ。ユクエも好きだよ、きっと」


 ペロリと舌なめずりをして。ミニスカのお尻を浮かせて四つん這いになった志々芽さんは、女豹の動きで徐々に迫ってくる。……それはつまり、色仕掛けで籠絡ろうらくして言うことを聞かせようというハニートラップ的な算段か!?


「ま、待って! 僕たちの関係はただの友だちだろ」

「トモダチなのにつれないのはユクエでしょ?」


 志々芽さんは妖艶ようえんに微笑む。汗ばんだ赤い髪の一部が端麗な顔に垂れ下がり、上目遣いの瞳はどこか潤んで見える。美人にその表情の組み合わせは卑怯すぎる。


「意地張んないで素直になりなよ。これ見たら、ユクエも絶対シたくなるよ?」


 そう言って彼女は、タイトな夏制服の内ポケットにそっと手を突っ込む。その洗練された動作に、大人の階段が突如として出現した幻覚が浮かぶ。それはいわゆるアレですか、管理医療機器を取り出そうとしてるのですか。進んでいる子は肌身離さず常備しちゃうのかっ?

 異文化コミュニケーションの極地に至り、僕は必死に拒絶のボディーランゲージをとるも、


「ほらっ、これ使って?」


 志々芽さんは豊満なバストを包む制服から取り出したそれを、狼狽ろうばいする僕の前にスッと差し出す。


「……野口先生」


 日本の偉人はお札の中で真顔をキメている。没後百年近く経つもこうして身近で寄り添う彼は、僕の敬服するお方だった。


「ふぅ仕方ない。数学の問題集貸して、ちょっと集中するから」

「チョロいかよ」

「一時間したらまたジェム割って」

「課金システム!」


 確実に得られる報酬の優先度プライオリティが高くなるのは当然だろう。いずれにせよ、家に帰っても将来のため自主勉学に励むのだから、Winウィン-WinウィンアンドWinウィンの取引になびかない理由はない。それに今、志々芽さんが必死に勉強を頑張ったところで。どうせその知識は長い夏休みパラダイスの魔力で忘却の彼方に追いやられる。これは彼女の無駄なキャパを減らすための善良なお手伝いだ。断固として買収されたわけではない。


***


「ユクエって、わかりやすいよねー」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「いやホント褒めてるよ? 前まではいつも寝てる変なヤツ、って感じだったケド。学校でもそーゆー雰囲気なら人気出んじゃん?」

「遠慮しときます」


 即座に断り、僕は机に広げた志々芽さんの宿題を薄い筆圧で埋めていく。あの担任は筆跡鑑定も辞さないタイプに違いないので、あとで上からなぞるくらいはしてもらわないと。


「よく見たらさ、顔もわりと整ってるし、原石系? 前髪あげてみれば」

「ヘアセットの時間がタイパ悪いんで」

「モテる……とまでうのは、ちと褒めすぎ? マウスサービスしすぎかな?」

「リップサービスね。その言い間違えは二度としないようにっ!」


 変な行間読まれたらどうする。

 そもそも、彼女は誤解している。人との関わりなんて出来るかぎり必要ない。こうして志々芽さんと向き合うだけで僕の対人メモリはフル稼働なのだ。

 それに、人気とかモテという承認欲求は余計なノイズでしかなく、僕が本気出せば余裕で炎上してやる自信がある。というか今朝の騒ぎでクラス内絶賛炎上中だった。


 期末テストを終えたばかりとあって、復習程度の問題集はサクサクと進んでいく。適度にあえての誤回答を混ぜても、このペースならばさほど時間はかからないだろう。と集中を高めた矢先、


「てかさー」


 しかし集中力が続かないのは、暇を持て余して爪をイジる志々芽さんの方だった。邪魔すると課金効率が落ちるぞ。


「グリモンって、悪いヤツじゃなくない?」

「…………」


 宿題の手を止める。エンジンの温まってきたところだったが、一度しっかりとブレーキを踏み、ギアを戻してサイドブレーキを引いた。聞き捨てならないセリフだ。ここに来てまだそんな戯言ざれごとを言ってくるとなると、志々芽さんは相当強い洗脳にかかっているのかもしれない。

 詐欺は洗脳に似ている。振り込め詐欺なんかはその最たる例。信用させるために様々な手順を踏んではいるが、根っこの部分は本人の意思であり、こうしなければならないという強迫観念が間違った行動を選択させてしまう。その強迫観念を植え付ける作業こそが洗脳なのだ。


 これは僕の見落としだ。グリモンの契約を破棄して志々芽さんを救い出すには、まず彼女の洗脳を解くところから始めるべきだった。


「危ない目に遭っておいて、どうしてまだグリモンを信用できるの?」

「でもー」


 志々芽さんはキレイに磨かれた爪を眺めたまま、


「カワイイじゃん?」

「んんー!?」


 おいおい、女子高生の感性はどうなってるんだ。可愛いはすべての理屈に勝るのか? たしかに見た目は可愛い小動物たちを丸めて握ったような生物だが、あの口達者な胡散臭い関西弁を聞けば、普通はその不自然なギャップに違和感を覚えるだろう。

 洗脳を解くには矛盾を突くべし。そのために、まずは志々芽さんの感性をあぶりだす。


「可愛いの基準テストをはじめます」

「あっ、それ得意」


 志々芽さんはパァと頭を上げて、初めて真面目にテストと向き合うようだった。実際はテストをかんした単なるアンケート。得意とかないから。


「じゃあ、欠伸あくびする子猫」

「絶対カワイイ!」

「ヨボヨボのお年寄り」

「震えててカワイイ」

「疲れ果てたサラリーマン」

「めちゃ頑張ってんだね。カワイイ寄り」

「道端のウンチ」

「汚い」

「関西弁を話すグリモン」

「んー、それはキモいかも」

「キモいんじゃん!」


 そう! そのギャップが違和感なんだ。ギリギリ常人と近い感性が志々芽さんに残っている今、その矛盾点を突いて一気に畳み掛けるしかない。僕は志々芽さんに問いただす。そんな気持ち悪いマスコットの言葉を本当に信用できるのか?


「関西弁?」

「えっ? コテコテの関西弁を話すよね、あの珍獣」

「違うけど。なんかギャルっぽいしゃべり方」

「……どういうこと?」


 グリモンの口調が志々芽さんと食い違う。不可解な事象だった。同じ空間でグリモンと会話して、志々芽さんにはギャル語、僕には関西弁を同時に使い分けていたはずがなく。となると、僕たちはそれぞれ違う認識でグリモンの発する言葉を受け取っていたことになる。


 導き出される答え——グリモンは人語を理解し、話す生物ではない。グリモンの言語が日本語を介して僕たちに理解できるよう届けられたのでは。


「だとしたら、なんで僕には関西弁なんや」

伝染うつってる伝染うつってる」


 自分も使ってみればヒントを得られるかと思ったが、特になにも降りてこなかった。


 思った以上に不味い状況かもしれない。得体の知れない生物は未知の力で洗脳することができてしまう。しかもその能力は志々芽さんのみならず、僕にも影響を与える可能性があった。

 一筋縄でいかない相手にどう立ち向かうべきか。もはや後まわしはリスクでしかなく、他の何をおいても優先的に対策を講じる必要がある。


「ほかにもグリモンの言葉からヒントが見つかるかも。志々芽さん、なにか気になった出来事はない?」

「……んー」


 志々芽さんは少し頭をひねらせ、


「もうグリモンに直接聞けばよくない?」


 益体やくたいもないことを言い出した。


「だって、カワイソーじゃん」

「……可哀想?」

「勝手にワルモノにするの、陰口みたいでさ」


 そう言いのける志々芽さんの背後から、今度はまばゆい光の差しこむ幻覚が見えた。これは菩薩ぼさつ後光ごこうか、それとも頭がパーッなのか。猪突猛進系正義のヒロインも、ここまで来ると考えものである。


「あのね志々芽さん、相手は僕らの常識が通じな……あ、ダメだって——」


 制止するのも聞かず。志々芽さんは魔法のネイルセットから取り出したピンクのマニキュアをささっと塗り、突風の渦巻く召喚バンクへ。こうなってしまえば、僕はヒラヒラと踊るスカートをただ凝視するしかできない。だがそこは冷静に、風圧の弱さがこの超常現象の課題だと看破した。


「こっちがいい夢見とる最中に、いきなりなんやの? 」


 呼ばれて飛び出て、グリモンはさっそく抗議のなまり声をあげた。寝ぼけまなこの愛されフェイスが台無しだった。


「てかさグリモン。あんた、あたしをだましてんの?」


 志々芽さんは前置きも駆け引きもなく、彼女らしく率直に問いただした。


「ハァ、騙す? なんのことやねん!」


 グリモンは大袈裟に強弱つけたイントネーションで答える。そりゃそうだ。寝起きに脈絡もなくそのような言い掛かりをされたら、僕だって意図を読み取れず向っ腹が立つ。


「わかんないケド、騙されてるってユクエが」


 そして唐突なスルーパスである。志々芽さんは説明が面倒くさいのだと直感する。


「あ、じゃあ僕から」

「なんやニイチャン、ほっぺれてるやん」

「ちょっと志々芽さんに、ね」

「そっちハルカ側じゃん! ユクエ、ウソ吹き込むなっつーの」

痴話喧嘩ちわげんかかいな」


 替わるようにグリモンと対峙たいじして、一度深く呼吸する。志々芽さんのペースに呑まれていたのはグリモンだけでない。こっちにだって心構えをする時間がほしい。……本音を言えば、この長い一日に謎生命体との直接対決まで差し込まれる疲労感から自然と出たため息だった。一難去ってまた一難、ぶっちゃけありえない。


「かくかくしかじかで」

「うんぬんかんぬんやねんな」


 当然、シリアスな雰囲気が醸し出されるはずもなかったので、事の経緯から洞察した僕の仮説を、適度にかい摘みながら説明する。グリモンも察しよく理解したらしくフンフンと頷いていた。志々芽さんより呼吸が合うのは正直どうかと思う。


「せやで。ワイの言語は自動翻訳されて、多種多様な人間に理解しやすいよう伝わっとる」

「異世界モノの便利な魔法みたいだな」

「魔法やし。自分で言うのもなんやけど、そもそも別次元の存在やからな。しかし、ニイチャンの信用してくれへん理由が、胡散臭い関西弁に聴こえたからってはなはだだ失礼な話やで?」


 グリモンはつぶらな瞳で、しかし僕を見透かすように、


「この口調にトラウマでもあるんか?」

「……さあな」

「ケッ、最初から疑ってかかとったわけか」


 表情を変えずにグリモンは悪態をつく。実際、最初は魔法そのものを疑っていたわけだが、それ以上にグリモンが怪しいと思えたのは、マスコットキャラを色眼鏡で見がちな昨今の影響もある。今回はその先入観に救われたらしい。


「グリモン、おまえは志々芽さんを騙してるんだろ」


 僕は半分くらい勢い任せで、ズバリと指摘した。対して、悪びれる様子もなくグリモンは答える。


「騙したって、人聞き悪いなぁ。お互いの合意の上で契約したことを、詐欺と一緒くたに称するのは間違まちごうてるで」

「じゃあ契約の事実は認めるんだな?」

「契約と翻訳されて伝わっとるっちゅーことは、ニイチャンの理屈に当て込んだらそうなんやろな。ワイが契約によって魔法少女にしたったんや。まあでも、カノンは願いが叶い、ワイも得るものがあるなら、それこそWinウィン-Winウィンの関係とは思わへんか」


 グリモンは素直に認める。同時に取引には、グリモンの利益となるなにかがあると示唆していた。


「いくら善意やろうと、一方的に力を授ける方が胡散臭いやろ?」

「志々芽さんが危険に晒されてもかよ」

「カノンが望むなら、そうなるやろなぁ」


 無表情の愛玩動物から、その感情を読み取ることはできない。しかし、グリモンはこの会話をどこか楽しんでいるように感じた。その余裕にイラっとするものの、せっかくの決闘の場だ。単刀直入に切り込んでやる。


「契約を破棄しろ」

「男の願い事は聞けへんなぁ。願いの力は少女の特権やで」

「これは志々芽さんの願いでもある」

「残念やけど、14歳超えた魔法少女にクーリングオフはないんや」


 丁々発止ちょうちょうはっしで打ち合う。珍獣との契約がどのようなルールに則っているのか知らないが、グリモンはこちらの言い分をのらりくらりと屁理屈で退けた。相性は最悪、僕と同じで面倒くさい詭弁家きべんかタイプだ。


 このままではらちがあかない。もっと頭を働かせればいい案も生まれるだろうが。しかし、この夏の日照時間のように長い一日の末、僕の脳はすでにオーバーヒートを起こして湯気が上がっている。もう勘弁してくれ、諦めそうだ。そもそも、どうして僕は志々芽さんを助けるのだろう。彼女が助けてくれたからか。どうして助けられるような場面に。魔法の存在を知ったから。魔法を知ったのは、志々芽さんに勉強を教えることになったから……元を辿れば、全部田中が悪い! 意味深な電話を教育委員会に掛けてやる!


 僕が怒りの矛先をしっかりと担任に向けたところで。その葛藤を見抜いたように、グリモンが口を開く。


「魔法も悪いことばかりとちゃうで。カノンの勉強なら、ワイが魔法の力で手伝ったる。その方がニイチャンにとってもええやろ?」


 今まで口にしたどのドルチェよりも甘い、あまりに甘々な甘すぎる甘言かんげん。そのうえ期間限定半額販売大幅増量中並みの破壊力。原因を突き詰めるとそこなのだ。志々芽さんのウィークポイントである勉強をなんとかできれば、僕は再び自分のためだけに時間を使うことができる。

 思わずなびきそうになるが——


「……そんな甘すぎる誘い、胸焼けするぜ」


 頷きかけた頭をグッとこらえて、僕は必死のプライドを見せつける。まだ志々芽さんへの借りを返していない。利息が積み重なる前に、キッチリ耳を揃えて返済してやる。志々芽さんとグリモンの縁を切れるなら、勉強の面倒だって見てやるわい!


「カッコつけやなぁ。なんやあわれになってきたわ……」


 あきれるようなため息をつくと、折れた態度のグリモンが今度は別の提案を切り出してきた。


「ほんなら、譲歩はどうや?」

「譲歩?」

「契約内容の一部を見直したってもええ。幸運にも清算がひと段落したタイミングや。ワイも休暇をとらせてもらおか」

「……どういうことだ?」

「勘の鈍いやつやなー。カノンが魔法を行使せんかぎり、ニイチャンの危惧きぐするようなことは起きへん言うこっちゃ」


 試すような視線をグリモンは向ける。僕の危惧すること。要するに、これ以上志々芽さんが魔法を使わなければ、影と戦うような危険な状況に身を置かずに済むというのが、グリモンの譲歩らしい。


「だけど、契約自体は生きていると?」

「せやでぇ。あくまで休止や。世界の治安を守る魔法少女には本来ありえへんことやけどな」


 それなら、問題はほとんど解決したようなものじゃないか。随分と都合のいい話に聞こえる。が、その耳障みみざわりのいい譲歩を笑顔で受け入れられる狡猾こうかつさを僕もまた持ち合わせていた。しかし、その提案だとグリモンに利するものはないように思うが——


「ただし、条件つけさしてもらうで。なにかを得るために対価を差し出す、等価交換や」

「条件……? なにを差し出せって言うんだよ」

「ニイチャンの大事なもん。たんまり貯め込んでるんやろ?」


 グリモンは招き猫のようなポーズをとる。愛玩動物のマスコット姿でできる精一杯のぜにハンドサインのつもりだろう。


「……貯金のことか」

「せや」

「いくらほしい?」


 僕の問いに、グリモンは端的に言い放つ。


「全部や」

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