第7話 因縁
翌日。レイチェルに作ってもらった弁当を持って、中庭で昼食をとっていた。
アルステリア学園の学生は寮生通学生を問わず学食を利用することができるのだが、逆に言えば利用しないこともできる。
平民と同じ机で食べることを並べることをよしとしない貴族であったり、食費を節約するため自炊する者も少なくないのだが、俺はと言えば後者であった。
……まあ、勘当された身だからな。あんまり贅沢はできないし。
それに、学食は他のクラス、他の学年も利用するため、かつてのクラスメイトと遭遇する可能性もある。
別に彼らに何かしたわけではないので気を使う必要はないのだが、顔を合わせるのは気まずいものがあった。
そういう意味でも弁当を持たせてくれたレイチェルの判断はかなりありがたかった。
……と、見覚えのある顔が目に入った。
……アランとセレスティアだ。
ゲームでは俺が闇落ちするキッカケとなった決闘でアランに敗れたが、あの件の非は俺にある。
あるとはいえ、決闘で完膚なきまでに倒され、その結果実家を勘当されFクラス編入を余儀なくされた身としては、こんなところで顔を合わせるのはやはり気まずいものがある。
二人の声が聞こえてきた。
「あーん」
「あ、あーん」
「……どう? おいしい?」
「ああ、おいしいぞ。セレスティアは料理が上手なんだな。きっといいお嫁さんになれると思うぞ」
「アラン……」
うっとりと目を細めるセレスティア。
「セレスティアと結婚する男は幸せ者だな。こんなにおいしいものを毎日食べられるんだから」
「ア、アランにだったら、毎日作ってあげてもいいわよ……?」
「え? なんか言った?」
「なっ、なんでもないっ!」
……なんだろう。無性にイライラしてきたな。
よく見れば、中庭で食事をとっている人は、ほとんどが彼女連れ、彼氏連れの者である。
ある者は弁当をシェアし、ある者は彼女に「あーん」してもらい、またある者はほっぺについた食べカスを口に運んでいる。
……完全に場違いだな、俺。
場所を変えるべく席を立とうとすると、見知った顔がこちらに手を振った。
「あっ、エイルくん」
「リズ!」
こちらに駆け寄ると、亜麻色の髪が揺れた。
「お昼、一緒に食べてもいい?」
「もちろん」
「ありがとう。助かったよ~」
ちょこんと俺の隣に腰を降ろすと、ふわりと甘い香りが漂った。
「友達が学食行ってて、一人じゃ不安だったんだよね。エイルくんがいてくれて助かったよ」
「こちらこそ助かったよ。……ていうか、リズは弁当派なんだ?」
「うちは共働きだからね~。なるべくお父さんとお母さんに負担をかけたくないから、お弁当作ってるんだ」
リズは家族思いなんだなぁ……。
リズの話を聞いてたら、俺もレイチェルのためになにかできることをしてあげたくなってきたぞ。
と、二人で雑談に興じていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ん? 誰かと思ったらエイルじゃないか」
げ、この声は……。
「アラン……」
見ると、昼食を食べ終わったアランとセレスティアがこちらに歩み寄ってくる。
というか、こっちが気づいてないフリをしてたのに、そっちから声をかけてくるのかよ!
俺とアランの間に流れる空気を察したのか、リズが押し黙る。
「あのあと実家を勘当されてFクラスに落とされてるって聞いたからさ。心配してたんだよ」
落とされた? 心配?
何を言ってるんだ、コイツは。
「決闘じゃ俺が勝ったけど、別に気にしなくていいからな? もう済んだ話だし、どっちが上とかもないんだからさ……」
そりゃあアランにしてみれば気分のいい話だろうな。
俺に勝ち逃げしてるわけだから。
「なにか困ったことがあったら、相談してくれていいからな」
相談?
「アラン、俺は……」
「ああ、そうだ」
アランがリズに向き直る。
「キミも困ったことがあれば、俺に相談してくれていいからね。……ほら、セレスティアの時は俺が決闘で守ってあげられたけど、他のクラスだと難しいだろうからさ」
なんだよ、それ。
それじゃあまるで、俺がまた何かやるみたいじゃないか。
「アラン! 俺は……! 俺はっ……!」
とっさに言い返そうとするも、言葉が出てこない。
それほどまでに刻まれてしまったというのか、コイツの存在が。
敗北が。
俺の心に。
「それってどういうこと?」
言い淀む俺の前に、リズが立ち塞がった。
「エイルくんはすごくいい人だよ。ダンジョンで困っていた私を助けてくれたし……。セレスティアさんと何があったのかわからないけど、きっと誤解だよ。エイルくんは意味もなく人を傷つけるような人じゃないから」
まっすぐにアランを睨みつけるリズに、思わず目を奪われてしまった。
温和で小動物のような彼女が、自分よりも数段強い人物に真っ向から啖呵をきるなんて、思いもしなかった。
……リズって、こんなに強かったんだなぁ。
反論されると思っていなかったのか、アランがバツの悪い顔をした。
「……よく知りもしないのに、勝手な想像で決めつけないでほしいな」
「そうだね。ごめん。じゃあ知ってることだけ話すね」
リズがぎゅっと拳を握る。
「エイルくんのこと、Fクラスに落とされたって言ってたけど、これってどういう意味? 他のクラスだと難しいって? それって、うちのクラスが落ちこぼれって言いたいの?」
リズが凄い剣幕でまくしたてる。
そりゃあそうだ。
Fクラスの委員長、リズの前でFクラスの悪口を言ったんだ。
怒りもする。
「……ほら、Aクラスは成績優秀者が多くて、Fクラスは落ちこぼれが多いだろ? だから、つい口が滑っちゃったんだよ」
「アランくんはFクラスのことをどれだけ知ってるの?」
「えっ? いや……」
言い淀むアランにリズがきっぱりと告げた。
「……よく知りもしないのに、勝手な想像で決めつけないでほしいな」
自分が言ったことをそのままそっくり返され、アランの顔が引きつった。
「行こ、エイルくん」
呆然とするアランとセレスティアを置いて、俺とリズはその場を後にするのだった。
◇
校舎裏まで逃げてくると、リズは大きく息を吐いた。
「き、緊張したぁー」
心臓を抑えるように胸に手を導くと、いつの間にか握っていた俺の手も一緒に導かれる。
破裂しそうな鼓動がマシュマロ越しに伝わってくる。
「ちょっ、リズ、手!」
「あっ、ごめん」
慌てて俺の手を放すリズ。
「手汗、すごかったよね。ごめん、忘れて!」
「いや、それは別に……」
というか、言われてから気がついた。
たしかに手がじっとりと湿っている。
微かに残るリズの余熱に浸っていると、リズが頭を下げてきた。
「ごめんね、私、頭に血が上っちゃって……」
「いや、リズのおかげでスッとしたよ。俺こそごめん。……ちゃんと言い返せなくて」
あの時、胸で出かかった言葉が今でも喉に刺さっている。
それほどまでに、あのときの敗北がトラウマとして刻み込まれているのだろう。
あのトラウマを乗り越えるには、おそらく、ベリアルを手に入れるだけじゃダメなのだろう。
それこそ、自分の過去を乗り越えなくては、俺の求めるものは手に入らないのだ。
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