第5話 模擬戦

「私はレティシア。……貴方あなたと同じ、魔剣の所有者よ」


「なっ……!」


 魔剣を持つレティシアといえば、『ヒーローズオブアーク』のラスボス候補の一人じゃないか!


 ルートによって分岐こそするものの、いずれもレティシアは主人公アランの前に立ち塞がる強敵として、ときにはラスボスとして立ち塞がる一人だ。


 悪魔として受肉した姿しか見たことがなかったからわからなかったが、人間の時はこんな姿をしているのか……。


 レティシアに警戒を強めると、いつの間にかホームルームが終わっていた。


 編入直後ということもあり、クラスメイトたちが俺の周りに集まってきた。


「ねえねえ、アラン君と決闘したってホント?」


「セレスティア様をナンパしたって聞いたんだけど……?」


「実家を追い出されちゃったんだって?」


 わかっていたとはいえ、答えにくいことをズケズケ聞くなあ……。


 さて、どう答えたものか……。


 困り果てていた俺の前に、リズが躍り出た。


「ダメだよ。エイルくん、新しいクラスでいろいろ大変なのに、そんなに質問責めにしちゃ……」


「リズの言う通りよ。誰にだって答えたくないことくらいあるわ」


 リズの言葉にレティシアが同調する。


 リズはともかくとして、なんでレティシアまで俺を庇うんだ?


 ゲームでは戦ったことしか覚えてないが、コイツってそういうキャラなの?


 ともあれ、この二人が場を収めてくれた。


 おかげで平穏なスタートを切ることができた。


「ありがとう、二人とも」


「気にしなくていいよ。私、クラス委員長だし」


 リズはクラス委員長だったのか。どうりで皆が素直に言うことを聞くわけだ。


「人には知られたくない秘密の一つや二つあるでしょう。それを詮索するほど、私は愚かじゃないわ」


 そう言いながら、しれっと俺の観察を続けるレティシア。


 言葉と行動が一致していないが、レティシアには助けてもらったのだ。


 このくらいなら必要経費として割り切ろう。




 ◇




 午後。


 模擬戦の時間になると、クラスメイトたちが勝手にペアを作っては剣を構え始める。


 こういう時、友達のいない身としては肩身の狭い思いを余儀なくされるわけだが……。


「あなた、私とお手合わせしてもらえないかしら」


 声をかけてきたのはレティシアだ。


「フフ、あなたが相手なら楽しめそうだわ」


 蠱惑的な笑みを浮かべるレティシア。


 どうやら相手のいない俺を見かねて誘ってくれた……というわけでもないらしい。


『見ろ、あいつの剣』


 ベリアルが示す先。


 レティシアの手元には、ベリアルとは違う細身の刀身の、それでいて、どこか禍々しい剣が握られていた。


 ……ってここで使う気かよ、魔剣を!


 ゲームの特性上、主人公陣営複数名VS敵という構成になるため、敵のキャラクター、それも魔剣の能力は必然的に広域制圧型の能力が多くなっている。


 かくいうベリアルの能力もまた、本来の能力は自分を中心に複数のユニットに超重力のデバフを与える能力だ。


 他のクラスメイトたちの前で、しかも模擬戦で使う気はないが、レティシアはこともあろうに堂々と魔剣を構えている。


「……他のやつらもいるんだぞ!?」


「あら、あなたは人のこと言えるの?」


 魔剣を構えたレティシアが泰然とこちらに歩みを進める。


「見せてもらうわ。あなたのチカラを……!」


 次の瞬間、レティシアの剣が目の前まで迫ってきた。


 ガキン!


 咄嗟にベリアルでレティシアの剣を受ける。


『この女、タダ者じゃねェ』


 ベリアルが警戒を強める。


 そりゃそうだ。


 シナリオによってはラスボスになるだけの強さがある。


 魔剣の能力を使っていないとはいえ、これくらいの能力があって当然だ。


 レティシアの連撃をひたすらベリアルで防ぎ、あるいは受け流していく。


 このままじゃ一方的にレティシアのターンだ。


 どこかで態勢を立て直さないと……。


 大きく距離をとった俺に、レティシアが剣を振る。


 ……って、まずい! あれは……!


 レティシアの剣が伸びると、蛇のように曲線を描く。


 この動き、ゲームで見たことがある。


 剣そのものがいくつかの節に分かれており、ワイヤーで繋がれている、たしか蛇腹剣とかいう種類の剣だ。


 地面を転がるようにそれを避けると、レティシアが感嘆の声を漏らした。


「へぇ……やるわね。初見でこの動きを見切るなんて」


 俺が避けたのでスイッチが入ったのか、レティシアの瞳が妖しく輝く。


「あなたが相手だと、つい本気を出したくなってしまうわ」


 言い終わるや否や、レティシアの魔剣が光を放った。


 ――ってまさか。ここで使う気か!? 魔剣のスキルを!


「スキル――」


キーンコーンカーンコーン。


 予鈴が鳴ると、模擬戦の担当をしている教官があいさつと共に生徒たちに解散を告げる。


「……興が削がれたわね」


 スッと剣をしまうレティシア。


 どうやらこれ以上戦うつもりはないらしい。


 そのまま訓練場を出るレティシアや生徒たちを尻目に、小声でベリアルに耳打ちした。


「……模擬戦の間くらいは<超重領域>解いてくれてもよかったんじゃないか?」


『バカか。オレ様を使おうってやつが、この程度でへばってどうする』


 悪態をつきながらも、どこか楽しそうなベリアル。


 ひでぇ。


 コイツ、俺が苦しむところを見て楽しんでるんだ。


 潰れそうな全身を引きずりながら、俺も訓練場を後にするのだった。

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