第3話 超重領域
次の日。
レイチェルが下位クラス編入の手続きをしてくれている間、俺はアルステリア学園内のダンジョンで魔剣ベリアルの試運転をしていた。
『オレ様のスキル、<超重領域>は周囲の重力を強くする。――こんなふうにな』
ベリアルが<超重領域>を発動させると、俺の身体を中心に巨大な重力場が形成された。
目の前では圧し潰されたスライムが核をむき出しにし、ゴブリンが膝をついて這いつくばっている。
まさに森羅万象とでも言うべき、圧倒的な力。
だが……
「お、重い……。俺まで重くなるのかよ……」
全身にのしかかる超重力。
どうにか気合で身体を支えているものの、俺の足は生まれたての小鹿のように震えていた。
『ハッ、んなとこまで面倒見れるか』
案の定、ベリアルが心底愉快そうに笑っている。
コイツ……俺が苦しむのがそんなに楽しいのか。
『オレ様を扱いたきゃ、この重力場で動けるくらいには鍛えるんだな』
ベリアルの言葉に、思わずハッとさせられた。
そうだよな。俺は最強の魔剣使いになるんだ。
こんなところで折れてなんていられない。
まして、ここで弱音を吐くようじゃ、このスキルを使いこなせやしないだろう。
俺は歯を食いしばり、背筋を伸ばした。
「……なあ、ベリアル。俺の身体だけ重くすることってできるか?」
『<超重領域>の範囲を限界まで絞れば。……だが、そんなことをしてどうする。これは自分と相手の動きを制限するスキルだ。自分だけ動けなくして、何のメリットがある』
「魔力が尽きるまででいい。常に俺だけにかけ続けてくれ」
俺の意図を察したのか、ベリアルが息を呑んだ。
『お前、まさか……』
「これだけ負荷をかけた状態で鍛えれば……いや、この重力の中で日常生活を送れば、それだけで修行になるだろ」
『お前……イカれてんな、マジで。そんなこと考えたやつ、お前が初めてだよ』
エイルの記憶を覗いてわかったことがある。
コイツはこれまで精一杯努力をしてきた。
ドルザバード家に恥じない力を身につけ、父から認めてもらうため。
成績優秀者で構成されたAクラスに残るため、並々ならぬ努力を積み重ねてきた。
それだけに、アランに負けてからは力への渇望が強くなっているのがわかる。
俺の意志を無視してベリアルを掴んだのも、高負荷の中で身体を鍛えようというのも、エイルの執念が選んだ道なのだろう。
だったら俺もエイルとして、エイルが強くなれるようできるだけのことをしてやりたい。
「うおおおおお!!!!」
剣を振り上げると、ゴブリンの首をはね、スライムの核を潰す。
その場に落ちた魔石を拾い集めると、ポケットにしまった。
ゲームであれば、敵を倒せば経験値が入りレベルが上がるのだが、ここでは倒したモンスターから漂う魔素が身体に流れ込み、肉体を強化する仕組みになっている。
また、モンスターからドロップした魔石には魔力が込められているため、こいつを売ればいくらか小遣いも稼ぐこともできる。
実家を勘当され、金銭的に余裕のないいまの俺にしてみれば、ありがたい話だ。
しばらく奥に進むと、今度はゴブリンが3体現れた。
『<超重領域>』
ベリアルがスキルを発動させると、ゴブリンたちがその場に這いつくばった。
俺の剣を待ってるかのように
ここアルステリア学園ダンジョンの第1層では、スライムやゴブリンといった低級のモンスターが主に出没する。
魔剣ベリアルを手にする前のエイルでも余裕で攻略できるだけの難易度ではあるが、今回はベリアルの試運転が主目的である。
安全策をとっているとはいえ、低級モンスター相手に後れをとるなど、そうそうないのだが……。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
ダンジョンの中に悲鳴が響く。
何かあったのだろうか。
急いで悲鳴のした方に駆け付けると、スライムの群れに女の子が襲われていた。
「待ってろ、いま助ける!」
まとわりつくスライムを引きはがすと、中から小柄な少女が現れた。
整った顔立ちに、亜麻色の髪を後ろでまとめられており、どこか大人しそうな印象を受ける。
小柄なその見た目からは、どことなく小動物を連想させた。
「大丈夫か!?」
「ありがとう。えっと……」
「俺はエイル。……元Aクラスの落ちこぼれだ」
自分で名乗っておいて自嘲する。
思わずドルザバード姓を名乗りそうになってしまったが、今は勘当された身。
いまの俺はただの”エイル”だ。
「じゃあ、あなたが新しくうちのクラスに入るっていう……」
「えっ!?」
もう噂になってるの!? 俺がFクラスに行くって話!
遅かれ早かれ噂になるだろうとは思っていたが、まさかもうここまで拡散していたとは……。
第一、決闘で負けて実家を勘当されたばかりか、この中途半端な時期に一人クラス替えなんて、カッコ悪すぎる。
余計な詮索をされる前に、話を変えることにした。
「それより、大丈夫? さっきまでスライムに襲われていたけど、ケガとかは……」
少女の身体を見やると、粘液で服がぴったりと張り付いており、小柄ながら意外と豊かな胸の形がくっきりと……
って、バカか、俺は! なにまじまじと見てる!
慌てて顔を背けると、少女は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「ううん、大したケガとかはないよ。ただ、スライムと戦っていたら急に身体が重くなっちゃって……。いつの間にか疲れちゃったのかな、私」
「……………………」
ごめんなさい。それ、たぶん俺のせいです。
おそらく<超重領域>を発動させた時に、たまたま彼女が近くにいたのだろう。
適当に介抱してからこの場を去ろうと思っていただけに、なんとなく罪悪感。
「と、とにかく、今日はこの辺にしておいた方がいいよ。何かあったら大変だし……」
俺の提案に一瞬頷くと、少女は「あっ」という顔をした。
「そういえば自己紹介まだだったね。私はリズ。これからよろしくね、エイルくん」
「ああ、こちらこそよろしく――っ!?」
言い終わる前に、全身が重くなる。
ベリアルめ……。
不意打ち気味になんてことを……。
『ハッ、どこでスキルを使おうが、オレ様の勝手だろ』
<超重領域>の範囲を極小に設定したのか、俺だけに超重力がのしかかる。
苦悶の表情を浮かべる俺に、リズは怪訝そうな顔でこちらを見つめた。
「エイルくん、どうかした?」
「い、いや、なんでもないよ」
超重力に押しつぶされそうになりながら、一歩一歩歩みを進める。
身体を動かすだけで全身が悲鳴を上げるも、女の子の前でカッコ悪いところは見せられない。
努めて平静を装いながら、リズをダンジョンの外まで送り届けるのだった。
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