紅茶のおともにこれからの話を。

「だから、結局二十年かけてようやく決着がついたのよ」

「……とても、長かったですね……」


 ドゥイリオは苦笑しながら、冷め切った紅茶に口を付けた。勉強に疲れて休憩がてら話していたら、私とジークがいつからの知り合いなのかと聞かれて、最初から話し始めたら思いのほか長くなってしまったのだ。散歩に行ったジークもそろそろ戻ってくる頃だろう。


「でも良かったわ、決着がついて。それも一番いい形でね」


 無言で頷いた彼が、わずかに表情を曇らせた。だから私はすかさず付け足す。


「あなたのおかげよ、ドゥイリオ」


 俺が邪魔になるんじゃないか、とか思わないでちょうだいね。二人きりになりたいとか、そんな欲望今更ないのよ。


「あなたのおかげで全部が動き出したんだから」


 気遣い屋の彼はそっと私のほうを窺うようにした。あなたは気を遣いすぎなのよ、半分でもジークに分けてあげてほしいわ。


「それに、自分の子供はもう望めないけれど、あなたがいれば充分だもの。……あなたにとっては複雑でしょうけど」

「いえ、そんなこと――」


 ドゥイリオは慌てて首を横に振ってから、はっとしたようにちょっと目線を落とした。


「――確かに、複雑な気分ではありますが……でも、嬉しいのは確かです」


 寂しさのようなものを滲ませた顔で微笑まれて、言葉が詰まりそうになった。彼はあまりに苦しい日々を過ごしすぎてきたのだろう。私なんかでは想像もできないほどに。

 だからこそ、言っておかないと。


「ねぇ、ドゥイリオ。これは私が勝手に思っていることだから、ジークはなにも考えていないかもしれないんだけど」


 ドゥイリオはきょとんと首を傾げた。


「もしもね。もしも、ジークがあなたを養子にしたいとか言い出したら、ね」


 そんな話は一言も出てないけれど、と私は付け加えながら、体を緊張させた少年に語りかける。


「覚えておいてほしいの。養子になることは、本当の家族を捨てることではない、って」

「え……」

「自分の所属できる家族が二つになる、って思ったらいいんじゃないかしら。少し違うかもしれないけれど、結婚と似てる気がするわ。私はここへ来たけれど、実家を捨てたわけではないもの」


 もちろん、一悶着二悶着あったにはあったが。それらをすべて当然のように押し切ってきたわけだけれど。具体的に言うと、引き止めようとする母を黙らせるため、母の代わりに弟と一騎討ちをして勝ってきたのだが。主張は剣で通すのがリーム家の流儀なのだ。


「それともう一つ。正直であろうとすることは良いことだわ。自分の頭で考えようとすることも。でも、それと同じくらい、誰かに相談することも大切なのよ。一人で考えていると、どうしても偏った結論にいきがちだから」


 青く澄んだ瞳が真っ直ぐに私を見ている。大人たちによってひどい目に遭わされた彼が、それでもまだ信頼を失わないでいるのが、嬉しくも哀れでもあった。


「だから、何か悩むことがあったら話すのよ。誰か信頼できる相手に。同年代の意見が欲しかったらマルクだっているんだから」

「……はい。ありがとうございます」


 彼は私の言葉をしっかりと飲み込んでくれたようだった。深く頷いて、本当に嬉しそうに微笑んだ顔は、少年と呼ぶにはずいぶん大人びている。


「さて、それじゃあ、そろそろ夕飯の支度をしましょうか」

「はい」


 ――良かった、と本当にそう思う。いろいろあったけれど、私の生き方は間違っていなかった。すべては丸く収まって、穏やかに終息へ向かっていく。平和はすぐに壊れるかもしれないけれど、もう私の中に傷つきやすい柔らかな部分は残っていないのだから、何が起きたって平気だ。何が起きたって切り抜けてみせよう。

 だから、あとはこれからを生きるこの子のために。


「先に水をくんできます」

「ええ、よろしく」


 とっくに決めている。

 私は私に心を傾ける。あの人を愛したい、あの人が愛するこの子を愛したい、と、そう思う自分自身に。

 ――もう二度と、彼らが傷つかないように。


   おしまい

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