第6話『俺と美少女と恩人と』

 「うっ……う? うぅん……?」


 金を求めて魔物を狩りに行き、心理的死角を突かれた奇襲によって片腕を持ってかれた。だとすれば俺がいるここは死後の国か――。


「あっ! 目が覚めましたかっ!?」


 その声に驚いた俺は咄嗟に瞼を開く。ぼやけた視界が鮮明になっていくにつれ、俺の視界は大きな像が占領していることに気付く。

 それが美しく手入れされた金髪をすらりと下ろしている美少女であると理解するのに、それほど時間は必要なかった。


「うわあああぁっ!」


 鼻と鼻がくっつきそうなほどに近付いていた美少女に驚いた俺は咄嗟に後ずさる。そんな俺を追うように、美少女はゆっくりと四つん這いでベッドの上を移動した。


「あんまり動いちゃ駄目ですよ。傷跡が塞がって間もないのですから」


 そう言って彼女は俺の右腕を優しく掴む。俺がそちらに視線を向けると、たしかに右腕がしっかりと肉体に接続されていることが分かる。まるであの時の傷がなかったかのように――


「ていうか! 貴女は誰なんです!? 俺の部屋に勝手に入って……」


「ここは私達の部屋ですよ?」


「はっ?」


 たしかに周囲をよく見ると俺が泊まってた部屋とは大幅にレベルが違う調度品が見えた。彼女の発言は正しいのだろう。


「いや……なぜこんなところに俺が? 俺たしか昨日…」


「そう! そうなんです! 私たちが向かったら既にいっぱい魔物が集まってて。見たら襲われてたから……」


 彼女はジェスチャーを豊富に交え、当時のことを説明してくれた。そして傷を治してくれたのも彼女であると説明され、俺としてはとにかく感謝を伝えるために平謝りするしかなかった。


「いやほんとに……ほんとにありがとうございました」


「大丈夫ですよ〜。何故なら私はこう見えてもですからねぇ〜」


 えっへん、とでも擬音がつきそうな顔で胸を拳で叩きながらそう語る彼女。


「治癒術士って凄いんですか?」


 正直な感覚でそう尋ねた俺だが、彼女からの返答はなんとも気の抜けるものだった。


「え? 凄くなかったんですか!?」


 本気で驚いたように問い返す彼女の姿は純粋という言葉がよく似合った。とはいえ俺は本当にというものの凄さを知らないのでこの空気になるのは仕方ないのだろう。

 だがその空気は長く続かなかった。俺と反対側に位置する扉が開き、新たな来訪者が現れたからだ。


「アリナ、廊下まで声が聞こえてるよ。できればもう少し静かにね」


「兄様! 昨日の方が目を覚ましました!」


「なんだって!?」


 彼女のことをアリナと呼ぶ男性はその報告を聞くと、迅速な動きで俺の方へと寄ってきた。

 そして俺の右腕を取り、傷跡の有無を確認すると目を丸くした。


「凄い……。アリナの治癒もさることながら、ここまで綺麗に治るのは本体の自然治癒力がなせるワザか……」


 そう言ってまじまじと俺の腕を見る謎のイケメン。あまりにずっと見るものだから、気恥ずかしくなって腕を振り払ってしまう。


「見すぎでしょうが! なんか恥ずいわ!」


 その腕の動きを鼻先の寸前を掠めるように回避するイケメンは、空中で逆回転するように美しく着地した。所作のすべてが美しくて腹が立つ。


「ここまで元気なら大丈夫だ。ほんの数時間前まで四肢を噛み千切られてたとは思えない」


 肩のホコリを払いながらそうつぶやくイケメン。しかし余裕そうに見えて隙がまったくない。というかこいつはアリナさんの兄貴なのか? 髪色くらいしか似通ってるところはないが。


「元気がいいのは結構だけど――あまり張り切るな」


「……っ? 後ろッ……!」


 俺はたしかにこいつと対峙していた。視線の先で相対していたはずなのに――。


 この男は、俺の背後で首根っこを掴んでいた。


「キミ、面白いねぇ。名前は?」


「……自己紹介は先にするもんだぜ?」


「キミを助けたのはうちの妹だよ?」


 それを言われれば弱い。これまでの会話が全て真だとすれば、俺は今ごろ犬っころのオヤツになってたはずである。それにこれ以上さからっても勝てる気がしないこともあって、おとなしく名を名乗ることにした。


「……ヴェルト。ヴェルト•フリード」


 その名を発した瞬間、男の動きが数秒止まる。しかしそのまま言葉は続いた。


「そうか。ボクはアーサー。アーサー•イヴァルだよ」


 これが俺にとって忘れられない恩人との最初の一日である。


 

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