第5話『俺と空腹と金稼ぎと』

「いらっしゃい! 何にするね?」


「お兄さん! どう!? いっぺん食べてみ!」


「どうぞ~! 席空いてますよ〜!」


 俺が目を覚ましたのは数時間程度眠ってから。窓の外を見ると既に日は落ちており、下の酒場からワイワイと騒ぎ声が聞こえる。酒場の本領発揮と言えるだろう。

 もちろん一階の酒場だけではなく、大通りに面した店舗のほとんどが書き入れ時のようになっている。一目見た感覚ではあるが、客層としては仕事を終えた職人などが多かった。


(よく考えて食事を取らないと……)


 そう固く誓ったが腹の虫は限界だと訴えている。できれば肉が食べたい気分だ。それも焼いて脂を滴らせたような肉がいい。そんな気持ちで道を歩いていると――


「痛っ!」


「ごめんよ~」


 そう言って少年が走り去っていった。あれだけ急いでいるところを見るにどこかの店の使い走りだろう。俺はその子を見送りながら近くの露天に入った。


「すいません、ひとつ良いですか?」


「あいよ。兄ちゃん見ない顔だな」


「今日ここに着きまして。美味しそうですね」


「だろ〜!? 鶏の香草焼き串だ。この香草ハーブはここいらの特産なんだ。

 ……はいよ! お待ち」


 そう言って串に刺された肉を手渡され、俺は財布を取り出そうとした。――取り出そうとしたのだ。


「あれっ!? あれ!?」


「おい…どうした兄ちゃん?」


「……無いっ! 財布がない!」


「ええっ? ……ああ、兄ちゃんやられたなぁ」


「へ? やられたとは?」


「最近ここら辺にスリやら盗人が出るって噂さ。災難だったね」


「そ……そんなぁ……」


「まぁ…殺されなかっただけ幸いと思うしか無いよ。取り敢えずその先にある保安所まで行きな」


 何もうまくいかない。俺は腹ペコのまま、気分だけ落ち込んで店主の言うままに保安所までトボトボ歩いていくのだった。


 ◇  ◇


「駄目だったー!!」


 自分以外に誰もいない部屋で叫ぶ俺。あの後財布を探すために保安所へ行ってみたが届いていなかった。どうやら最近増えてきた窃盗団で間違いないらしく、ぶつかってきた子供がそれだろうとのことだった。


 街を探してはいるが目撃証言も集まらないので、もはや手のうちようがないらしい。俺もちゃんと顔見てなかったしな……。


 それより今後のことについて本気で考えなければならない。少しの日銭すら失われた現状、馬車が来るまで絶食することになる。

 空は既に暗くなっていて1日目が終わろうとしている。正直このまま3日間耐えるのは無理だ。何らかの手段で銭を稼ぐことが必要になってくる。

 とはいえ盗みを働くことはできない。ちょっとした仕事を探すにも、この街は急に人手が必要のなる場面が少ないのであまり望めない。だとすれば――。


「……あ、魔物だ」


 そう、馬車が出立できない理由である魔物。そいつを何体か狩れば謝礼金が出る。

 自警団の経験を活かせればこんなに簡単なことはない。当時使っていた剣はないが1、2体なら殺れる自身がある。


 思い立ったら即行動。俺は革袋を右肩に背負うと、片手にナイフを持って部屋を後にした。


 ◇  ◇


「よ〜し……。3体ならイケるだろ」


 近くの茂みから覗いた先にいたのは地元でもよく見た狼型の魔物である。しかもサイズは見慣れたそれよりも二周り程度小さく、もはや狼というよりも山にいる野犬くらいのサイズだ。

 そしてなによりも頭が悪い。一箇所に集めることを狙ってパンをバラ撒いてみたが、狙い通り集まってきた。(正確にはパンに群がった鳥やネズミを食っていた)


 俺は音を殺してゆっくりとその群れに這い寄って――


「ギュアアアァァァ!!!」


 首筋にあたる部分に刃を立てる。耳に突き刺さる断末魔とともに犬魔物の肉体が霧のように消えていった。直ぐに他の個体は距離を取ろうとする。


「ア"ウ"ゥッ! グアゥゥッ!」


「……届くッ!」


 俺から一定の距離を取り、威嚇するような動きを見せた魔物に向けて身体のばねを利用し飛びかかる。それに合わせるように犬魔物も飛びかかってきた。


 それこそが好機。空中に飛ぶと動きは制限される。それは俺も同じだが、ここはヒトと魔物の身体的な差が出てくるはずだ。なにせ俺は腕が使える。


「隙ありっ!」


 左手に持ち替えたナイフを真横に突き刺して、魔物の頭部に貫通させる。そのまま地面に叩きつけると同時に体が崩壊して消え去っていた。


 これで3体。いつもの通り落ちた魔石を集めると、やはりひと回り程度小さくなっている。とはいえ数日の食事代くらいにはなるだろうと袋に入れたその時だった。


 ズシュッッッ!!


「なっ!?」


「ウガグゥゥゥ!」


 ぬかった――。右手から、黒く濁った血が噴き出る。咄嗟にナイフを左手に持ち替え、腕に喰い付いている魔物の頭に突き刺した。

 直ぐにその魔物は消滅したが、夥しい数の犬魔物が集まっていた。


「そうか……あの断末魔は……」


 魔物が群れをなすことはないと思っていた。実際俺が一度に見た最大数は5体くらい。

 視野が狭い――俺の死因はきっとそれだけだろう。止まらぬ出血で意識を失いかけ、瞼が降りてくると同時に膝の力が抜けていく。


 (やべっ……)


 グラリと全身の力が抜けていくと同時に、飢えた犬魔物たちが波のように飛びかかる。


 (バカすぎないか……?おれ)


 俺の意識はそこで消えた。





「雷斬っ!」

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