第4話『俺と馬車と新たな街と』
「お客さん、起きてください」
その声で俺の意識はゆっくりと覚醒していく。眼の前に見えたのは俺の地元と比べて何段階か発展したような町並みの入口である。
ここが王都か――そう思うとあんなにも落ち込んでいた心がなんだかワクワクした。
「ここがクィネスの街です。王都にはここから更に場所を乗り継いでもらいます」
王都じゃないんかい。肩透かしを食らった気分だ。
馬車引きから割印の入った紙を引き取り、馬車から降りるとすぐにその馬車引きは待合所のようなところへ向かって移動していった。
クィネスの街――恥ずかしながら地元からほとんど出たことがない俺にとってはこの街でも最新鋭の技術に詰まった街に思える。
そもそも壁に彫刻が入っているような建物が地元に少ないので、当たり前のようにそんな建物がある事自体が新鮮だった。そんな美しい街並みに目を取られていたが当初の目的とそのために必要な今後のことについて思索に耽る。
曰く、遠距離を走らせる馬車のことを遠馬車と呼び、遠馬車は複数の街にある“駅”と呼ばれる詰所ごとに交代で走らせるとのこと。そして遠馬車を乗り継ぐにはそれぞれの馬車で貰える書類【車継状】が必要らしい。俺は既に車継状を受け取っているのでこのまま乗り換え所まで行けば良いのだが……
「えっ? まだ出ない?」
「はい。あと3日は出ないかと」
「なんでそんなことに? 車継状はあるんですよ?」
「本当ならば直ぐに出したいんですがね。この近くで魔物が出たとの噂がありまして。兵が来るまで動けんのですわ」
何処も魔物の被害には苦しめられてるらしい。とはいえ車が出るまでの三日間を如何しようかと考える。
結局王都に向かうには馬車が必要である。歩くには遠い距離であるため、魔物の出現が本当だとするならば個人での移動も危険性が高い。ここから導き出される解は唯一つである。
「泊まるかぁ……」
◇ ◇
街にはそれぞれ特色があり、その特色を生み出すのは産業だ。そして産業の中で最も街を表しているのは宿屋と言って過言でない。
この街にも複数の宿屋があり、俺は中でも大通りにある宿屋を選んだ。
【白いトサカ亭】。ざっと見るに3階建ての建築で、道に面した部分が酒場になっているタイプだ。
ここを選んだのは自分の経験によるものである。酒場があるところはたいてい宿賃も安い。それは下の酒場で売上を稼ぐことが多いからだ。こういうところで酒さえ飲まなければだいぶ安く泊まることができる訳だ。
「すみません〜誰かいますか〜」
そう言いながら一階の酒場へ入る。客は少ないもののテーブルや椅子は多く、綺麗に掃除されてることから悪い店でないことは伝わってきた。
「すみません〜」
「はいはいは〜い。今行きますよ〜」
そう言って店の奥から現れたのは恰幅の良い妙齢の女性であった。頭には布を巻いて髪をまとめており、逞しい女性というイメージを抱かせる。
「宿泊のご希望?」
「ええ。できれば3泊ほどお願いしたいのですが……」
「あ、もしかして馬車待ち? 魔物出ちゃったし大変よねえ~」
「そうなんですよねぇ。というわけで部屋を紹介してもらえませんか?」
「はいはいそうね。一番安いとこでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
そう伝えると女性は宿帳とともに、計算器具で叩き出した宿賃を伝えてくる。
「3泊だとギドル貨なら銀3枚。サペント貨での支払いなら銀5枚だね」
その言葉に俺は少しだけ考える。サペント貨とギドル貨はなにが違うのかと。
「あの…ギドル貨ってなんですか?」
「ありゃ? お兄さん、旅の人じゃないのかい?」
「いえ、旅はしてるんですけど……まだ日が浅いもんで」
そりゃそうだ。だって旅に出たのは昨日なんだもの。
「あらまあそうなのね。じゃあ教えるわ」
そう言うと女性は説明をしてくれた。ギドル貨とサペント貨の違いを簡単に言うと、それを発行している親元の違いらしい。
サペント貨は王家の信頼を後ろ盾に発行されているのに対して、ギドル貨は
各地を旅するにあたり、いちいち両替をする必要を減らせるので、交易商や旅人がよく使うらしい。その流通量の多さゆえに支払いを受け付けている店も多いとのことだ。
「ということで、うちでは2種類のお金で支払いを受け付けてるってことさ」
「なるほど。……あれ? となると俺が持ってるのは……」
そう言って俺は肩掛けの革袋からゴソゴソと財布を取り出す。
小さく安っぽい財布を逆さにすると、中からは数枚の硬貨が転がり出てきた。
「あら、お兄さん持ってるじゃないの。これよ、これがギドル貨」
そう言って一枚をつまみ上げて俺に見せる女性。そこに掴まれていたのは剣が二振り交差した印章が彫り込まれている銀貨である。
(見たこと無いお金だな……)
とはいえ宿泊料を支払えたため、当面の心配はなくなった。俺は手荷物を置くために女性から部屋の鍵を受け取り、宿泊部屋が並ぶ2階に向かった。
◇ ◇
「さて……と」
俺が宿泊するのは二等室。簡素なベッドと荷物を収納する木箱、あとは鏡台があるくらいであり水浴び場やトイレは裏手にあるものを共用するらしい。俺は周辺の地理を再確認しながら、手荷物の整理をすることにした。
取り敢えず持っているのは財布と代えの服二組、携帯用のナイフと非常食の堅焼きパンである。
財布から出てきたのは普段使っている硬貨と、先程確認したギドル銀貨があと2枚――これが不思議なのだ。
そもそも俺が覚えあるのは剣が刻印された銀貨ではなく、こちらの二本線が刻印された硬貨だ。一体誰が入れたのか気になったものの、考えても分からないのでこれ以上考えるのは諦めた。
「てか……これ足りるのか?」
あと3日間の食事などを果たして銀貨2枚で賄うことが出来るのか。ここでなんとか賄えたとして、王都にたどり着いたらどうするのか。先立つものの不足を眼前にして、言いしれぬ不安感が襲ってきた。
「……ま。なんとかなるさ」
こういうときこそ楽観思考。俺はそう自分に言い聞かせながらベッドに身を預ける。あんなに馬車で寝たにもかかわらず、とてもスムーズに仮眠を取れたのだった。
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