第3話『俺と追放と冒険者と』

 ザイル兄に追い立てられて最低限の荷物を纏めているうちに、やはり承服できない気持ちが残っている。

 十数年に渡る関係性がこんなことで壊れてしまうのかと思うとやりきれない。


「でも……なぁ」


 いかんせん物証がないのだ。俺以外のメンバーは大きな仕事のために村外への遠征を行っており、弁護してくれる人もいない。もうどうしようもなく、トントン拍子で進められる追放に従うしかなかった。


 あまりの呆気なさに溜め息すら出せず、ただ己の荷物を革袋に詰めていくだけだった。


 俺には血を分けた家族がいない。物心ついたときには隣にザイル兄がいて、俺は“村の子”として育てられてきた。

 それもあったからずっとザイル兄に対して根拠のない全幅の信頼を置いていたけれど、もしかしたらそれは自分だけだったかもしれないという、考えたくない悪い想像が頭をよぎる。

 おおよその荷物を袋に詰め終えると、誰かが扉を開ける音が聞こえてきた。


「準備はできたか?」


「……ザイル兄ぃ」


「出来てるみたいだな。こっちも済んでるから、早めに来るんだぞ」


 優しさのない声色――そんなザイル兄が本当に恐ろしく目の奥からじわりと熱い水滴が滲んできた。

 右肩一つで背負えてしまうちっぽけな革袋が、何故か重たく感じられた。


 自分の部屋も引き払い、全て確認し終えた俺はザイル兄の言葉に従うように村の東口の方へ向かった。

 そこにいたのはザイル兄と一頭引きの馬車、そして馬車引きだけだった。


「ザイル兄……最後みんなにお別れだけでも……」


「駄目だ。俺が準備したシナリオが崩れる」


「シナリオ?」


「横領で抜けたなんて言えんからな。お前は冒険者になるために村を出たことにしておく」


「それなら別に挨拶くらいはいいんじゃ?」


「お前、嘘下手だろ。俺からの最後の気遣いだ」


 それだけ言ってザイル兄は馬車引きの男性と何かの交渉をしていた。数分の話し合いを終えると馬車に乗り込むように指示が出た。


「そうだヴェルト。マント寄越せ」


 その言葉に抱いた感情は分からない。怒りなのか悲しみなのか、もしかすると呆れも少し混じっていたかもしれない。


「……はぁ?」


「ウチの団章入ってるだろ。こっちの無地と変えてもらうからな」


 そう言ってザイル兄はこれまでの思い出が詰まったマントを取り上げて、代わりに何も印がないマントを手渡してきた。

 俺はそれを怒りが伝わるように奪い取り、出来る限りの鋭い視線をザイル兄に向けた。


「じゃあ。もう帰ってこないだろうから」


「……ああ。何処へでもいけ」


 それが俺とザイル兄とで交わした最後の会話だった。

 これから俺はなにをするべきなのだろう。自警団を追われて、馬車でとりあえず王都へ向かうもののそこからの過程はなにも決まっていなかった。


「そうか。冒険者……か」


 ザイル兄は言っていた――俺が冒険者になるために村を出たことにすると。どうせやらなきゃいけないことなど無いのだから、やりたいことをやってもよいだろう。


「すみません、街についたら起こしてください」


 俺は馬車引きの男性にそう伝えると、仮眠を取るのだった。

 

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