第2話『俺と危機と幼馴染と』

 俺は昔から夢がある。いつかザイルにぃといっしょに冒険者になることだ。

 ある日、大地を割くように各地に生じた謎の存在。それを迷宮ダンジョンと呼んでいて、数多くの人がその踏破に挑戦している。

 男に生まれたのならば一度は迷宮に挑戦したいと思うのは自然なこと――だからザイル兄だってそうおもっているはずだと――そう思っていた。


「……え? ごめん聞こえなかったな。あはは……」


 引き攣ったような苦笑いで、それが聴き間違いであることを願いながらザイル兄に尋ね返す。

 団長室に鎮座するザイル兄の目はいつもの雰囲気を纏っていなかった。

 いつもは目にしていなかった執務机の重苦しさがひしひしと伝わってくる。静かな空間のせいで自分の鼓動が騒音にも感じられた。


「何度でも言うよヴェルト。君はこの団に必要ない」


 ああ、聴き間違いではなかった。その現実を叩きつけられた瞬間、俺の背中は一気に寒気が走り涙がじわりと湧き出てくる。


「やだよ……なんかした? 俺がなんかしたかって!?」


 机に両手を突き、上肢を乗り上げて前傾になる。今の俺が出来る全力の威嚇ポーズであるが、当のザイル兄は全く意に介していなかった。一切微笑まず、ただひたすらにこちらを真っ直ぐ見つめているだけだ。

 ザイル兄は、指を組み直すと滔々と語り掛けるような声量で口を開いた。


「そうだな……。お前がこの前くれた計画表だな」


 計画表――宴会の途中で渡したアレのことだと気付くのに少しだけ時間がかかったのは、それだけ正常な判断ができなくなっていることの証左だろう。


「それ……皆で王都まで行こうって……」


「そうだ、王都まで行けるんだ。ただしお前は不要だ」


「なんでだよっ!? 何があったんだって!」


「お前の資料を見て、俺も個人的に予算を確認してみたんだ。細部まで確認をしてなかったと思ってな。

 そしたら……これを見ろ」


 ザイル兄が机に放り投げたのは数枚の髪。そこに書かれているのは収支表である――が、俺が渡したのとは筆跡が異なっている。


「それは俺が個人的にまとめたものだ。この動きを見ると明らかに数字が合わない。誰かが横領をしている」


「……はっ?」


「ヴェルト……。報酬の報告はお前がやってはずだな?」


「いや…いやおかしいよ! こんなので俺を疑うのはおかしいだろ!? 昨日一昨日で知り合ったような仲じゃないのにさ!!」


「燭台は直下を照らさない……。隣りにいたやつならばこんな雑な仕事でも分からないと身を持って知ったよ」


 否定したい。否定したいが俺の手元にはなんの反証材料もない。会計係の資料はザイル兄の手元だ。


「そうだ! もう一度確認させて…」


「往生際が悪いっ!」


 俺の要求をその一言で跳ね除ける。これまでの生涯で一度も聞いたことがない、威圧的でありながら冷静さを失わない怒声だ。


「なん……で…?」


「ヴェルト。もう一度だけしか言わんぞ」


 机の上で指を組み直し、冷たい表情を更に冷徹な顔へと切り替えたザイル兄が絶望の宣告を下す。



 ◇


  


 

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