#KAC20232 思い出のテディベア

高宮零司

思い出のテディベア

「あのさ、これなんだけど…」

 そう言っておれは恐る恐る紙包みをカフェの机の上に置いた。

「あ、なにこれ。さては、クリスマスプレゼントってやつ?」

「へ?違う違う。そういうのじゃないから」

 俺は慌てて首を振る。

「開けてみればわかるよ」

 俺は意味ありげにそう言うと、内心の動揺を悟られまいと目をそらす。

 会社の同僚である我那覇香は、小首をかしげながらも俺が置いた四角い紙包みに手を伸ばす。

 紙包みを破いて出てきた紙箱から出てきたのは、少しくすんだ色合いのテディベアだった。

「え、これって……私が子供の頃、持ってたやつだよね?何で君がもってるの?」

「いや待て、早合点するなよ?俺が盗んだとかじゃないからな。話せば長くなるんだが…」


 俺の両親が離婚する少し前。

 俺は両親が顔を合わせるたびに喧嘩を始めるのが嫌で、外に出歩くことが多くなっていた。

 その日も悪ガキ仲間と公園で鉢合わせして、仕方なくサッカーか何かに付き合っていたように思う。

 一方、そんな男子連中から離れたところで、同じ小学校の女子たちがかくれんぼか何かで遊んでいた。その女子グループの中に当時の我那覇も一緒にいたのだ。

 我那覇はその当時の女の子たちの中では身体が大きく、頼りがいのある性格だったから女子グループのまとめ役的存在だった。

 ただ、男子からすれば何かと男子グループに文句を言ってくることで煙たがられる存在でもあった。

 その女子グループが集まっていたところに、忘れ物があることを目ざとく発見したのは同じクラスの斎藤君だった。いたずらを仕掛けるのが大好きな困ったやつだ。

 人数の少ないサッカーにも飽きてきたところで、ちょうどいいおもちゃを見つけたのだろう。

「これ、あのゴリラ女の奴じゃね?」

「そうそう、あいつが持ってたところ見たぜ。ゴリラ女にしてはかわいいやつ持ってるよな」

「これどうする?」

「忘れていったんじゃなくて捨てていったんだろ?まったく、ゴミはゴミ箱に捨てておけってんだよな」

 斎藤君はいいことを思いついたとばかりに、近くにあったゴミ箱へ向けてそのテディベアのぬいぐるみを放り投げる。

 運動神経だけは良い斎藤君のこと、テディベアは放物線を描いて開放式のゴミ箱の中へと落ちていった。

「おおーすげー!ホールインワンじゃん」

「やるな、斎藤!」

 盛り上がる同級生の横で、俺はバカな友人たちを止めることのできなかったことを悔やんでいた。思えば斎藤のアホが余計なことをする前に回収しておくべきだったのだが。

 当時も根は臆病な小心者のオレである。日頃我那覇をゴリラ女呼ばわりしていがみ合っている手前、素直に忘れ物を返してやれとも言いづらかったのだ。

「サッカーもそろそろ飽きたしさ、俺んちでゲームやろうぜ。ヌマブラ3買ったんだよ」

「え?マジで?やるやる。いこーぜ!」

 悪友たちが盛り上がっている中、俺は。

「すまん、俺かーちゃんが四時には帰ってこいってうるせーんだわ。またな」

「んだよ、比嘉。付き合いわりーな」

 悪友たちには散々文句を言われたが、そこは飽きっぽい小学生の事である。

 彼らはすぐに斎藤の家でのゲームに興味が移り、その場を去っていった。


 俺は公園から少し離れた路地で時間を潰したあと。

 我那覇のテディベアを公園のゴミ箱から回収した。

 残念ながらそのテディベアは、ジュースの空き缶から垂れた液体やらなにやらでベトベトしている酷い有様だったが。

 どうやって我那覇にこれを返すか思案しながら帰宅する。

 四時までに帰ってこいというのは本当だったからだ。

 家に戻ると、玄関にはいくつかの大きなスーツケースが並んでいた。

 旅行というより夜逃げか引っ越しでもするような感じである。

「ただいま、かーちゃん」

「あんた、ようやく帰ってきたの?早く帰って来いっていったでしょう」

 母は眉を吊り上げたが、すぐにため息を吐く。

「ねえ、あんたはお父さんとお母さん、どっちがいい?どっちと暮らしたい?」

 唐突にそう聞かれ、俺は戸惑った。

 結局、この後俺は母について逃げるように東京に行くことになり、テディベアを返す機会は無かったのである。


「とまあ、そういうこと。済まなかった」

 黙って話を聞いていた我那覇は、コーヒーカップを置く。

「別に君が謝ることないでしょ。悪いのは明らかにその悪ガキどもだし。あいつら、今度あったらとっちめてやるわ。まあそうそう会うことも無いでしょうけど」

 目の前にいたら殴りつけそうな雰囲気で我那覇は息巻いていた。

「そうか、でもこの子。居なくなったと思ったら君のところにいたのか」

 我那覇はそのテディベアを取り上げると、愛おしそうに撫でる。

「お礼をしなくちゃだね。それじゃあ、今からお返しのプレゼントでも探しに行こうか」

 我那覇は楽しそうに、そうのたまったのである。










 





 







 

 





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