第4話 五限目(後編)

 安達は二球目を投げて来る。


 また、直球だ。

 俺の感覚だとタイミングは完璧だった。


 それなのに振り遅れて、空振りをしてしまう。


「あ、あれ?」


 思ったよりもスイングが遅い。

 考えてみれば、同然だ。


 この体ソラは普段、運動なんてしない。

 思えば、バットも重く感じる。


「タ、タイム!」


 俺は一度、ベンチへ戻った。


「ど、どうしたの、どこか痛めた?」


 クラスの女子が心配をしてくれた。


「ううん、大丈夫。バットを変えるだけ」


 俺は並べられているバットの中で一番、軽いモノを選んだ。


 うん、これなら少しはマシだ。


「ごめん、待たせた」


 俺はバッターボックスに戻った。


「もしかして、打つつもりなの?」


 俺が「そのつもり」と答えたら、渡辺さんは驚く。


「む、無理はしないでね」


「心配してくれてありがと」


 俺はバットを構えた。


 そして、三球目。


 カキーン。


 バットにボールが当たった。

 でも、ファールだ。

 かなり振り遅れている。


「うそ」と渡辺さんが声を漏らした。


 そして、四球目。

 またファールだ。

 でも、さっきよりもタイミングが合って来た。


 次は打ってやる、と思ったら、渡辺さんが「えっ」と声を上げる。


 バッテリー間でサインのやり取りをして、五球目を投げる。


 もしかして…………


 多分、渡辺さんが無反応だったら、空振りしていたと思う。

 だって、安達さんは変化球を投げてきたんだ。


 全国クラスのピッチャーが体育の授業で投げて良いレベルの球じゃなかった。


 でも、辛うじてファールにする。


 これには安達も渡辺さんも驚いていた。


 でも、すぐに安達は真剣な表情に戻る。


 そこから三球、ファールで粘った。


 ここまで来るとさすがに周りも騒ぎ出す。


 男子の方はもう終わったらしくて、俺と安達の勝負を見に来ていた。


 その中にはソラもいた。


「あんた、何やっているのよ!」と言いたげな表情だった。


 安達もソラ(俺の身体)が来たのに気付く。


 次で決めに来る、と直感で分かった。


 球種は恐らく……


 カキーン。


 俺は安達の決め球のカーブを弾き返した。


「危ない!」と誰かが叫ぶ。


 俺の打った打球はピッチャー返しになってしまった。


 ボールが安達の足に直撃し、彼女はその場に倒れ込む。


「大丈夫!?」


 俺を含めた数名が駆け寄った。


「…………これくらい平気」と安達はムスッとした態度で答えた。


 いつも俺と話す時と比べて、態度が違い過ぎたので驚く。


 安達は「平気」と言ったが、明らかに打球の直撃した足を庇っていた。


「悪化すると良くないから保健室へ行きなよ」


 渡辺さんが言う。

 さらに何かを思いついた表情になった。 


「というわけで保健委員さ~~ん、澪をよろしく!」


 んっ?

 一組の保健委員って…………


 一組のみんなの視線がソラ(俺の身体)に集まった。


 指名されたソラは困惑している。


「いや、私がやったことだし、保健室には私が……」

と言いかけたところで、渡辺さんに肩をガッと組まれた。


「まぁまぁ、足利さん、二組って次は音楽の授業でしょ? 音楽室、遠いよ。移動が続くのに、保健室になんて言っていたら、遅刻しちゃうよ。一組のことは一組に任せなって。それにさ…………」


 渡辺さんは俺(ソラの身体)の耳元に近づいて、

「澪の成就しない初恋の相手、少しでもいさせてあげてよ。取ったりはしないからさ」


 こういう言い方をするとことは、安達が俺のことを好きなのは渡辺さんも知っているみたいだ。


 あんまりここで俺が食い下がるのも変なので、身を退いた。


 ソラを見ると「余計なことばかりしないでよ」と言いたげに俺を睨みつける。


 これに関しては本当に申し訳ない。


 ソラ(俺の身体)は安達に肩を貸して、保健室の方へ向かって行った。


 安達は恥ずかしそうに笑う。


 それにしてもソラと安達を二人にして大丈夫かな?


 結論を言うと駄目だった。


 それを知るのは放課後、今日の朝、俺とソラの入れ替わりが起きたあの神社に寄った時だった。

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