第3話 五限目(前編)

 五限目の体育は男子がサッカー、女子が野球だった。

 

 うちの高校は女子ソフトボール部は無いが、女子の野球部がある。

 その影響か、体育の授業でも女子が野球をする。


 まぁ、それは良いんだけどさ……


「足利さん(ソラの苗字)、怪我だけには気を付けてね」

「足利さんはボールが飛んできても避けていいからね」

「ううん、足利さんはDH(守備につかない選手)にしようね」


 などとクラスの女子たちが俺(ソラ)にかなり過保護だった。


 普段の体育で何をすれば、ここまで心配されるんだよ?


 結局、俺はクラスの人数の関係で11番バッターのDH、という普通の野球ではありえないことになった。


「そういえば、一つ聞いても良い……かしら?」


 俺は同じくDHで守備に付いていない天海さんへ話しかける。

 目的は昼休みの時の言葉を確認する為だ。


「なに?」


「ほら、さっきのソラ……私が大地のことを好きっていうやつよ」


 俺は出来る限りソラの口調に近づけるように努力する。


「あれって〝like〟友達として好きってことよね?」


 俺の問いに対して、天海さんは首を横に振った。


「今日はどうしたの? 〝love〟の方に決まっているよ? いつもどうすれば、北条君(大地の苗字)が告白してくれるか、って不毛で無駄な作戦会議に私を付き合わせているじゃん?」


 ちょっと待って。

 情報が渋滞している。


 ソラは異性として俺が好きで、天海さんに恋愛相談をしていたのか?


「ねぇ、ソラ、今日のあなた、ちょっと変だよ?」


 天海さんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「えっとその…………」


 俺が返答に困っていると

「瑠璃~~、次のバッターだよ、用意して」


 クラスの女子が天海さんを呼んだ。


 天海さんは俺の前の十番バッターだ。


「んっ?」


 一組のピッチャーの安達が少し不機嫌そうにこっちを見ていた。


 こっちというよりは俺を見ている?


「あちゃ~~、相変わらず、安達さんはソラに嫉妬しているね」


「安達……さんが私に嫉妬? どうして?」


 それを聞くとまた天海さんは心配そうな表情になった。


「今日は本当にどうしちゃったの? 記憶喪失? それとも誰かと体が入れ替わってるとか?」


「…………」


 後者正解。


「北条君も様子がおかしかったし、二人が入れ替わっている、とか?」


「…………」


 大正解。


「ハハハ、ソンナコト、ナイワヨ」


 うわっ、自分でも分かるくらい不自然なしゃべり方だ。


「まぁ、ありえないよね。それから念の為、言っておくけど安達さん、北条君のこと、好きだから」


「…………え?」


 なんだって!?

 それも初耳だ。

 そりゃ、お互いに野球をやっていて、ポジションも同じだから話す機会もあったけどさ…………


「前にも言ったけど、北条君、女子から結構、人気があるからね。みんな、ソラがいるから、告白とかはしていないみたいだけどさ」


 ちょっと、それも初耳なんだけど!?

 俺って女子の間でそんなに人気なの?


「のんびりしていると誰かに北条君を取られちゃうよ」


 天海さんはそれだけ言って、バッターボックスに向かった。


 知ってしまったことを頭の中で整理するが、どうも簡単には飲み込めそうにない。


 俺が混乱しているとカキーン、という気持ちのいい音がした。

 どうやら、天海さんがヒットを打ったらしい。


 次は俺の番だ。


「モヤモヤしたら、身体を動かすのが一番だよな」

  

 俺はバットを持って、バッターボックスに向かった。


 少しだけ心が躍る。

 うちの女子野球部はかなり強くて、今年も全国へ行った。

 安達さんはそのチームのエースだ。


 まぁ、本気の勝負は出来ないだろうけどね。


 本来、野球部の安達の球を素人の女子が打てるはずがない。

 体育の授業だから、かなり手加減して打ちやすいボールを投げているのが分かる。


 しかし、俺がバッターボックスに入ると安達の雰囲気が変わった気がした。


 一球目はど真ん中だった。

 でも、全然、打たせる気がない。

 全力の投球だった。


(な、なんで本気なんだ!?)


 一瞬、そう思ったが、さっきの天海さんの会話を思い出して、答えに辿り着く。


 多分、安達はソラに嫉妬しているんだろう。


 一塁ベースに付いている天海さんが苦笑いをしていた。

 どうやら、今回だけのことじゃないらしい。


「まったく、私じゃなかったら、こんなボール、受けられないって」


 キャッチャーの渡辺さんが呟く。

 彼女も野球部で、安達とはバッテリーを組んでいる。


「澪(安達の名前)がいつもごめんね。あと二球、立ってればいいからさ」


 その言い方からすると今回に限ってじゃないらしい。


 でも、理由はどうであれ、全国級のピッチャーが本気で投げてくるんだ。

 心が躍る。


 俺は気持ちを切り替えて、バットを構えた。


 何かを感じたのか、安達は一瞬だけ驚いた表情になった。


 しかし、すぐに選手の表情に戻る。

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