第2話 登校~昼休みまで

 もう今日は疲れた……

 家に帰って、休みたい。

 それが駄目なら、保健室で寝ていたい。


 でも、現在、俺はソラの体になっている。

 ソラの無欠席が掛かっているので、休むわけにはいかない。


「今日も朝から仲が良いね~~」


 昼休みになると天海さんが声をかけてきた。

 この子のことは良く知っている。

 

 ソラの親友だ。


 だからこそ、慎重にならないといけない。

 俺とソラが入れ替わっているなんてことまでは気付かれないだろうが、あまり不自然だとおかしいと思われるだろう。

 それにソラと天海さんの友情に亀裂を入れたくない。


「別に仲良くないよ」


 俺は素っ気なく答えた。


 ソラが前にこう言っているのを聞いたことがある。


「…………」


 無難な返しをしたと思ったのに、天海さんは不思議そうな表情になった。


「どうしたの?」と尋ねてみる。


「どうしたの? はあたしの台詞だよ。いつもは北条君のことを好き好き、ってあたしに言ってくるのにさ」


「えっ?」


「んっ?」


 俺と天海さんの間でコミュニケーションエラーが発生した。


 ソラが俺のことを好きだって?


「それは一体、どういう……」


 天海さんの言葉の意味を確認しようとした時だった。


 バン、と教室のドアが開いた。


 そこには俺の体に入っているソラがいた。


「瑠璃(天海さんの下の名前)、ちょっと大地……ソラを貸してくれるかしら!」


「良いけど、北条君、私のこと、瑠璃って呼んでいたっけ?」


 天海さんの疑問は正しい。

 俺は一度も天海さんを瑠璃と呼んだことはなかった。


 ソラにはもう少し慎重に行動してほしい……


「えっと、それは……とにかく、ソラを借りていくわね!」


 ソラはかなり焦った様子だった。


 身体が入れ替わっている状況とはいえ、ソラが学校で、しかも教室で俺に声をかけるのは珍しい。


 周りにからかわれるのが嫌だからって、言っていたのに……


 相当、まずい状況なのだろうか?


 ソラは無言で俺の手を引っ張った。

 そして、昼休みにはほとんど人がいない部室棟の方へやって来る。


「ソラ、腕が痛いって! 朝も言ったけど、お前は今俺の体なんだから…………!」


 抗議の言葉を無視して、ソラは俺の両肩をガッと掴んだ。


 普段は何とも思っていなかったが、男っていうのは力が強いのだと気付かされる。


 今の俺(ソラの身体)の力じゃ、抵抗が出来ない。

 正直、少し怖かった。


「大地……私、もう限界なの……」


「な、なにが?」


 さっきの天海さんの言葉が頭を過る。



 〝ソラが俺のことを好き〟



 俺は色々なことを考えて、頭がクラクラしてきた。


「男の子って、どうやってトイレをするの!?」


「…………は?」


 色々考えていたのに、ソラは俺の想像とは違うことを言う。


「トイレよ! 男の子って立ってするんでしょ! もう限界なのよ!」


「…………」


 ソラがなぜこんなに追い込まれていたか、俺は理解した。


「いや、立ってする決まりなんてないよ。慣れないことはしないで、個室で座ってやれば?」


 最近は座って用を足す男も増えているらしいし……


「そ、そうなの!? いや、でもせっかくだし、男の子っぽいことをしてみたいなぁ、なんて」


「…………」


 おい、朝に比べたら、随分と余裕そうだな。

 てか、男女入れ替わりを楽しみ始めていないか?


「あっ、そろそろ限界だわ。漏れるかも……」


「とにかく、今は座ってしなよ!」


 高校三年生になって、漏らしなんてことになったら、恥ずかし過ぎる。

 俺はソラをトイレに押し込んだ。


「ちょっと、こっちは男子トイレだよ!」


「ソラは今、俺の身体なんだから、こっちであっている!」


 いくら部室棟に人気ひとけがないからって、万が一、女子トイレから俺(ソラ)が出てくるのを見られたら、社会的に死ぬ。


 ソラは男子トイレに入って行き、しばらくしたら出て来た。


「…………」


 ソラは俯き、顔を赤くしていた。

 こういう自分の顔を見るとなんだか気持ち悪ないなぁ……


 それにしてもどうしたんだ?

 まさか、漏らしたのか!?


「子供の頃とは全然違ったわ…………」


「えっ?」


「ソーセージがフランクフルトになってたわ…………」


 …………おい!


「そういうことは言わないでくれるかな!?」


「大地だって私の胸、触ったじゃない!」


「そんな生々しい感想までは言わなかっただろ! それとも今、ここで言ってやろうか!?」


 とても柔らかくて触り心地が良かったとか、実は授業中にも触ってみたとか、カミングアウトしても良いんだぞ!


「やめて、感想なんて聞きたくないわ! お互いにそういうことには触れないでおきましょう」


 お前の方から触れてきたんだろ……

 それにしても俺も……


「待って、どこに行くつもりかしら?」


 女子トイレに入ろうとした俺をソラが止めた。


「どこって、俺もトイレに行くんだよ」


「女子トイレに入るのね……変態」


「しょうがないだろ! それともお前の姿で男子トイレに入ってやろうか!?」


「やめてよ! 私(の身体)を社会的に抹殺するつもり!?」


「じゃあ、女子トイレに入る。それで良いだろ?」


「私の身体で……」


「おい、そこにはさっき触れない、って協定を結んだだろ?」


 俺が言うとソラは「む~~」と唸ったが、納得してくれたようだった。


 互いに用を済ませて、次の授業のことを思い出した。


 五限目は一組(大地のクラス)、二組(ソラのクラス)、合同の体育だ。

 早く着替えないと…………女子更衣室で! 仕方なくね!


「着替えはお互いにトイレでしようね?」


 ソラは強めの口調で圧をかけてきた。


「もちろん、そのつもりだよ」


「ふ~~ん」と言いながら、ソラは俺に対して、少しも信用していない視線を向けてきた。

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