簡単だけど、難しい一歩

高瀬京

第一話

(あー、小便してぇな)

 俺は放課後に、学校生活で溜まった鬱憤をゲームセンターで発散していた。音楽ゲームを遊ぶ途中、催してきたので一階のトイレへ向かった。

 一階のクレーンゲームコーナーには、筐体と睨めっこする制服の女子がいた。

 あの人は同じ高校のクラスメイト、高科たかしなさん。大人しい生徒で、こんな吹き溜りに来なさそうなので珍しい。

 そして何を隠そう、俺の好きな人である。

「あっ……水木みずきくん」

 それとなく通り過ぎるつもりが見つかってしまった。

「こんちはっす……それじゃ……」

「待って!」

「なっ……?」

 高科さんは俺の腕を引っ張って止めた。

「これ、全然取れないの」

 高科さんが狙っている景品は流行りのマスコットキャラのデカいぬいぐるみ。

「なるほど。クレーンゲームはよくやんの?」

「初めて……」

「そうか……よし、あいつでいいな。店員さ~ん!」

「店員さん呼んでどうするの?」

「まあ、見てなって」

 思いを馳せている人がカモにされているところを見逃したら晩飯が不味くなる。

「いかがされましたか?」

 おばさんの店員はやる気なさげに言った。

「これどうやったら取れますか~?」

「こう、頭を掴んでズラす感じで……」

「それが中々上手く行かないんすよね~。アームの力が弱いのかな?」

 俺のウザ絡みを面倒に思った店員は、景品を取りやすい位置に調整して立ち去った。

「こんなに動かしてくれるものなの? なんか卑怯じゃない?」

「俺は普段からこの店に募金してるからいいんだよ。もう簡単に取れるから取っちゃおう」

「うん…………ほんとに取れちゃった」

「結構出来がいいんだな」

「ありがとうね、水木くん」

 ぬいぐるみを抱いて微笑む高科さんは、尿意も忘れるほど愛おしく、俺の覚悟を決めさせた。


 その後の俺と高科さんの甘い関係についての詳しい言及は避ける。

 一つ言えることは、俺の財布は、もう何年も高科さんに握られていることくらいだ。

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簡単だけど、難しい一歩 高瀬京 @takasekei

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