第39話 幽霊は夢を見る①
「カーカカーア?」
(姐さーん?)
「カーカー、カーカアーカ」
(あら、寝てるわ)
「カーカ、カカーカアー。カーカカカーカーカ」
(幽霊も眠るんすね。はじめて知りました)
「カーカーカーアーカカー……カ?」
(ひなたはほら……ね?)
「「カーーー」」
((あーー))
カンザブロウ、カーコ、カースケの三羽が、失礼なことを言っているのにも気付かないくらいに、私の意識は深い深い場所に沈んでいた。
***
【死後の世界】
【人は死んだらどうなるのか】
【死は精神の解放】
――どこかの宗教団体の勧誘ですか?
……いいえ。私が検索サイトで調べてた文言です。
ち、中二病ではありませんよ!?
追い詰められていただけですよ!?
これを家族を含めた沢山の人に見られたかと思うと、悶絶したくなるくらいに恥ずかしい。
黒歴史……そう黒歴史だ!!
けれど、遺された家族からすれば複雑だっただろう。
まるで自殺を仄めかすような検索履歴なのだから。
私が死んでしまったキッカケは風邪だった。
度重なる睡眠不足と栄養不足状態であったことが、風邪を後押ししてしまったのだ。
そうでなければ、アラサーとはいえ、何の持病もない二十代の女性が、簡単には死ぬはずなどなかったはずだ。
【非常に重篤な労働下における衰弱死】
――これは司法解剖の後に、医師が下した私の死因である。
胃の中には固形物が残っておらず、体重は約三十キロにまで減っていた。
最近ずっとうんたらゼリーと、エナドリしか飲んでなかったから、固形物なんて摂取していなかった。
そこそこのぽっちゃり体型だったから、いつかは痩せなくちゃと思っていたけど……そんなに減ってしまっていることにも気付けなかった。
……ホント、無理しすぎだよ。私。
こんなことになる前に、何もかも捨てて逃げれば良かったのに――って、それができなかったからこうなってしまったのだけどね。
棺の中に納められた私の身体はとても小さかった。
酷く痩けた頬に、そっと触れようとして、そのまま棺の下まで一気に擦り抜けてしまった。
と、溶けた!?…………って、そんなわけない。
焦り過ぎて、そんな馬鹿なことが頭の中を過ったけれど、ただ単に触れずに素通りしてしまっただけだ。
――スカッ。スカッ。
何度やり直そうとしても、手は空振るばかりで、固くて冷たくなってしまったであろう自らの頬に触れることはできなかった。
幽体って、ホントに触れないんだね!
感心しつつも、段々と楽しくなってきてしまった。
こうした第三者目線で、自分の姿を見る機会がなかったせいか(普通は有り得ない)、棺の中の自分が本当に自分自身なのか分からなくなる。
つまり……私は、エントロピーを凌駕した!?
――なんて。ついふざけたくなってしまうけれど……こうして現実を受け入れて、自分の遺体を冷静に見れるように至るまでには、様々な葛藤があった。
気付いた時、既に私はこうだったから。
**
霊安室に置かれた私の身体に縋り付いて、大粒の涙をボロボロと溢れさせて泣きじゃくる母。
父はそんな母の肩を抱いて、片手で顔面を覆ってむせび泣いていた。
六歳下の弟は、私を直視しないように身体を背け、全身を震わせながら、声を押し殺して泣いていた。
――――そんな光景を、気付けば真上から呆然と見下ろしていた。
泣きじゃくる母は、記憶の中にある母の姿よりも小さくて、いつまでもフサフサだと思っていた父の後頭部は大分薄くなっていた。もう少しでヤバそうだ。
まだまだ小さくて可愛いと思っていた弟は、大きくて頼もしい男性へと成長していた。
小さな手足を必死に動かして、私の後を付いて来ていた可愛い弟の姿はそこにはない。
……これは現実? それとも夢?
現実なら最悪な状況だし、夢ならば悪趣味すぎる。
こんなリアルな夢を見るほどに、精神的に追い詰められていたのだろうか。
こんな馬鹿な夢なんかいつまでも見ていないで、早く起きて仕事をしないといけないというのに……。
――そう思っているのに、このリアルな夢はまだ覚めなかった。
私の遺体は霊柩車に載せられて、懐かしの我が家へ帰って来た。
……実家に帰って来たのは、何年振りだろう?
母こだわりのインテリアと、父の趣味の将棋盤が変わらずに、リビングに並んでいてホッとした。
いつ帰って来ても使えるようにと、私の部屋は綺麗に掃除されていて、推しのポスターも、柱の傷も(新選組にハマっていた私が、深夜に勢い余って模造刀で傷付けた)、当時のままだった。
家の中は昔と変わらないのに――私だけが大きく変わってしまった。
来客用の畳の間に敷かれた白い布団の上に、北向きになるように寝かされると、顔には白い布が掛けられ、胸元には守り刀が置かれた。
枕元に組み立てられた黒塗の後飾り祭壇の上に、長い蝋燭と線香が立てられると、近所のお寺の住職さんがやって来て、私に向かってお経を唱え始めた。
家族が粛々と葬儀の準備を進めていると、訃報を知った親戚や、懐かしい友人達が、涙ながらに来訪してくれた。
来客がある時は、笑顔で気丈に振る舞ってみせるものの、家族だけになると急にしんみりと暗くなる。
お線香を上げ、りんを鳴らして手を合わせる度に、母の頰に涙が伝うのを私は黙って見ていることしか出来なかった。
***
――こうなってから七日目。
今日は告別式だが、私は以前として未だに夢から目覚めることができずにいた。
流石に、ここまで目覚めなければ、私にだって嫌でも分かる。
これは夢なんかではなく、紛れもない現実なのだと。
そう受け入れてしまえば、ほんの少しだけ……ホントに少しだけ、蟻ん子ぐらいの大きさ分は吹っ切れた。
楽しんでいるように思えかもしれないが、そうしてないとやりきれないのだ。
それに、これまでただただボーッとしていただけではない。どうにかして戻れないものかと、悪足掻きもした。
触れようとして躍起になったり、某有名双子芸人のネタのようなことを試してみたものの、私の悪足掻きは、ただの悪足掻きで終わってしまった。
告別式、火葬、三日七日に、精進落としが行なわれ、四十九日を迎える今日まで、家族は毎日、毎日、手厚く弔ってくれた。
――それなのに、私の魂はまだこの世に残っていた。
仏教では、天国へ行くのか地獄へ落とされるのかの沙汰を下されるのが四十九日なのだけど、どこにも呼ばれてないし、誰かの迎えもない。
家族への未練が、私をこの世に縛り付けているだろうか。 最期に感謝の気持ちだけでも伝えたかったけど、今の私にはそれすらも叶わない。
何故ならば、私の姿は誰にも見えず、声も届かないから……。
唐突に。しかも強制的に、己の死を納得させられた瞬間であった。
心境は荒れに荒れていたけど、自分が死んでしまった事実に混乱するよりも、家族を泣かせてしまったことに対する罪悪感が半端なかった。
自家族をたくさん泣かせてしまったのだと思うと、受け入れざるを得なかった。 ――というのが正しかった。
そして、四十九日を過ぎても私は
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