第37話 編集は一旦お休みだそうです
約束していた時間になって、朔夜を迎えに行くと――
朔夜は地面に座り込んで、ボロボロと大粒の涙を流し続けていた。
ヒュッと冷たい息を飲み込んだ俺は、身体が強張りそうになったが、急いで朔夜の元に駆け付けた。
朔夜の状態は、霊に精神を乗っ取られた時と酷似していた。
「朔夜……!?」
「…………コタロー?」
懇願を込めて名前を呼ぶと、朔夜は俺の予想に反して、いつも通りに俺を見上げてきた。
「……っ!良かった……!」
気付けば、無意識の内に朔夜を抱き締めていた。
俺に抱き締められがら、朔夜はカラカラと笑った。
「どうしたんだよ」
……それは、俺の台詞である。
「心配……した」
朔夜の身体を離した俺は、両肩に手を乗せたまま、深い深い溜め息を吐いた。
俺が言いたかったことに気付いた朔夜は、ただただ素直に謝ってきた。
「ごめん……。悪かった」
「ん」
俺にはこれ以上、朔夜を問い詰めるつもりはなかった。
無事であればそれだけで良い。
朔夜は俺にとって欠かすことのできない大事な半身だから……。
「……何で、泣いてたの?」
問い詰めるつもりはなかったが、朔夜は他人の前で悔し涙の涙を流したことがない。
だからこそ単純に気になったというのが、正直な理由であり、またコタロー自身も、朔夜の涙が久し振り過ぎて驚いてしまったのだった。
「あー……イレギュラーなことが起こり過ぎて、動揺したんだ」
――撤収作業中、朔夜は多くを語らなかった。
それだけ言って笑っていた。
ただ、撮影した動画を何故だかとても気にしているようだった。
**
「……は?」
朔夜が撮影した動画のデータをパソコンに移して、いつものように編集を始めた俺は、絶句した。
――因みに、朔夜は風呂に放り込んだので、暫く戻って来ない。
俺が絶句した部分は、朔夜が何かに操られるようにして、移動をはじめたところだった。
朔夜自身にも勿論、その記憶はなくて、とても驚いた顔をしていた。
その後、気丈に撮影を開始した朔夜は凄いと思う。
俺だったら絶対に無理だ。
いつもならば、動画を確認しながら、編集を進めてしてしまうのだが、どうやら今回は確認をしてからの方が良さそうだった。
一旦、編集モードは終了し、再生ボタンを押した。
…………は?
…………………は!?
…………………………は?
動画を全て見終えた俺は、机の上で頭を押さえながら俯いた。
――どこから先に突っ込めば良いのか分からないが……根本的な原因は、先生がくれた御守りのせいであった。
まず、朔夜が何かに操られるように移動した理由も、朔夜には視えていないが――欄干の手摺の上にずぶ濡れの女性が現れた理由も、動画の最後にある矢継ぎ早に聞こえてきた声と、ずぶ濡れの女性が感謝して消えて行った件も全て、だ。
そして――
「おう、コタロー。全部見終わったのか?」
風呂から上がった朔夜が、ガシガシとタオルで頭を拭きながら現れた。
「ん、全部見たけど……」
「けど?」
「……投稿できるか分からない」
「んー、それはどういう意味で?」
「ヤラセが疑われる可能性がある点と、視えない人は何が起こっているのか全く分からないっていう点。但し、朔夜が気にしていた所は撮れていたから、立証には役立つとは思う」
「……なるほどな。次いでにこのまま、今回の動画内で起こっていたことを聞いても良いか?」
「ん、了解」
**
コタローが全ての説明を終えると、朔夜は複雑そうな顔で笑った。
「その顔は、何?」
「いや……、何というか。俺が気付いていないところで、結構色んなことが起きてたんだなって」
「それが不満?」
コタローは首を傾げた。
「まあ、不満といえば不満だろうな。俺自身によるものではなくて、全部先生の御守りのお陰なんだから。複雑な気持ちにもなるって……」
朔夜は俺から視線を逸らして、自嘲気味に笑った。
その態度が俺には不満だった。
「朔夜はそう思うかもしれないけど、あの場に居た浮かばれない霊達は、先生のお陰だなんて微塵にも思ってなかったよ」
「……それは、先生を知らないからだろ」
「それはそうかもしれない。でも、あの場に行ったのは朔夜だ。そして、アレは朔夜でなければ有り得ないことだった」
「そんなことはない。コタローだって同じことをしたはずだ」
「……いや。アレはちょっと有り得ない」
想像したら、思わず声が小さくなってしまっていた。
「……そんなにか?」
「……そんなに、だよ。俺なら多分、逃げる」
「マジか」
「マジ。あの光景を見せてやりたいよ」
眉間にシワを寄せて、暫く顔を見合わせていた俺と朔夜は、どちらからともなく吹き出した。
そうしてひとしきり笑った後に、俺は真面目な顔をして朔夜に言った。
「……過程はどうであれ、彼等は朔夜に感謝して消えて行ったんだ。その気持ちに嘘はないから、ちゃんと朔夜自身に受け取って欲しいよ」
「ん」
朔夜はまだ少し腑に落ちていないようだったが、最後に消えて行った女性の言葉を思い出しているのか、素直に受け取ってくれた。
「んで、この動画どうするよ?」
朔夜に投げかけられたことは、それはとても悩ましい問題だった。
「……先生に相談してみる」
忙しい先生頼みになるのは申し訳ないのだが、朔夜が頑張ってくれた動画が、このままお蔵入りになるのは嫌だった。
「編集はそれからにするから、このままデータ預かっておくよ」
「オーケー、じゃあ、俺は先に寝るぞ。コタローもしっかり休めよ」
「ん、了解」
手を振りながら部屋を出て行く朔夜に合わせて、俺も手を振り返した。
*
隣にある朔夜の部屋の扉が開く音が聞こえて、パタンと閉まる音がするまで、ずっと耳を澄ましていた。
隣の部屋からは、朔夜の少し下手くそな鼻歌が聞こえてきた。
あんなテンションでも、眠れる朔夜が不思議でならない。自分には絶対に無理だ。
双子なのに、こんなにも違うなんて……。
苦笑いしながら机の方に向き直った俺は、ワイヤレスイヤホンを両耳に差し込んだ。
マウスをクリックし、スリープモードに切り替わってしまっていたパソコンを起動させ、先ほどまで見ていた動画を少し巻き戻して止めると、再生ボタンをクリックした。
*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』
『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』
『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』
『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』
「……もしかして、モールス信号?」
*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
スピリットボックスから聞こえてきたのは声ではなく、今まで紛れ込んだことのない電子音だった。
同じ音が三回ずつ繰り返されるそれは、モールス信号の中でも一番有名な『SOS』である。
――俺が見たかったのは、この場面のすぐ後だ。
欄干の方へカメラを向けている朔夜と、欄干の手摺の上に立つずぶ濡れの女性との間に割って入るように、その人は、上からふわりと舞い降りて来た。
朔夜を庇うように大きく両手を広げているその人の後頭も、朔夜の方を気にしてチラチラと振り返っている姿も、朔夜に近付こうと近寄ってくる霊達を上から威嚇している姿も、消えて行く霊達を涙を浮かべて見送っている姿も、全部カメラに収められていた。
「…………どうして」
動画を止めた俺は、パソコンのキーボードを少し上にずらすと、そのまま机に突っ伏した。
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