第36話 一人検証(Мダム)と新しい御守りと⑥

……見ている。めっちゃ見てる。


次から次に――どんだけいるんだよ!?っていうくらいに、どこからともなく湧いてくる霊達なかまが、パーンされていく様子をそれはそれはとてもキラキラとした瞳で女性が見つめている。


待って……!早まらないで!


女性はいそいそと欄干の手摺の上に立つと、フェンスを擦り抜けることはできないのか、ゆっくりと登りはじめた。


あああ……!

これは救いではなくて、魂の欠片すら残らないような完全消滅的な効果であって、成仏できるわけじゃないんだよ!?

パーンされたら、この世から消えちゃうんだよ!!


目の前でパーンされている霊を目にしても、後続の勢いは収まらなかった。


……って、ちょっと待って。


パーンされる寸前の一体の霊が、嬉しそうな顔で瞳を閉じるところが、偶然私の目に入ってきた。

その後に続いた霊は、涙を流してパーン待ちをしているではないか。


――パーンされた霊達は、皆一様に安らかな表情を浮かべたまま消えて行った。


既にこの場を残っているのは、パーンを望む霊達だけで、パーンされるのが嫌だと思った霊は、最初の方で逃げ出してしまったらしい。


有刺鉄線を難なく越え、フェンスを降りた女性も無事にパーンの列に加わった。

顔面がスプラッタ状態なので分かりにくいが、嬉しそうな顔に見えた。


私はもう威嚇を止めている。

朔夜くんを害するためではなくて、パーンされることを望んでのことだと分かったからだ。

仮に悪意を持った霊が混じっていたとしたも、御守りが難なくパーンしてくれることだろう。


私が威嚇して止めようとしていたのは、過去のトラウマが甦っただけでなく、新たなトラウマが心に植え付けられそうだと思ったからだ。


ほら、やっぱり私は自分のことしか考えていない、自分勝手な幽霊でしょ?



……でもね、朔夜くんは別。


朔夜くんは今、可哀想な霊に本気で同情して、自責の念に駆られているが、視えない朔夜くんがМダムを訪れたことで、たくさんの霊が救われたという事実を知って欲しいと思う。


朔夜くんにしてみれば、『全部御守りのお陰』と思うかもしれないけれど、コタローくんでははならなかった。

視えるコタローくんは、そもそも御守り効果の発揮範囲内に近付かれないようにするだろう。


例え、消滅されてしまうのだとしても、望まぬ姿で、痛みと後悔を抱えて、永遠に彷徨うことになるよりも、よっぽどマシだ。

……いや、ここの霊達にとってはなんかではなく、朔夜くんの存在は神のような最高の救いである。


彼等は『ありがとう』と口を動かして、朔夜くんにお礼を伝えようとしているが、残念ながら視えない朔夜くんには少しも伝わっていない。


せめて彼女の最期の言葉だけでも、伝えて上げたいけれど……スピリットボックスの電源に触れようとすれば、私も即座にパーンされてしまう。


私にとってのパーンは、最終手段であり、今ではない。


んーー。


どうしようかと首を傾げていると、威嚇されなくなったことに気付いた順番待ちの霊達が、不思議そうな顔で私を見上げていることに気付いた。



――そうだ。

パーンされるのが目的な彼等なら!!


順番待ちの霊達に、スピリットボックスの電源に触れてくれるように頼んでみると、彼等は二つ返事で大きく頷いてくれた。



やったね!!

持つべきものは、パーンを恐れない霊達なかまだった。


はじめの何体かは、スピリットボックスに近付くことすらできずにパーンされてしまった(それでも嬉しそうな顔で消えていった)。

その後は作戦を変えて、何十体かで合体して突撃をすると、一番内側に偶然残っていた一体が、パーンされる瞬間に電源を入れることに成功した。


……ありがとう。本当にありがとう。


消滅していく彼等が『いつか生まれ変わって、幸せになれますように』と私は手を組んで心の底から祈った。



「……え?何で、スピリットボックスが勝手に起動してんの?」


突然、ザッザッザッと鳴りだしたスピリットボックスに、朔夜くんは心底驚いたようだったが、カメラをしっかりと構えて話し始めた。


「……ええと、不甲斐ない自分に嫌気がさして、暫く考え込んでいたんですけど、そしたら急にスピリットボックスが起動しました。今までの録画って残ってるのかな?まあ、もしも、残っていたらそれが証拠になるかも――」

『……@#@$う』


朔夜くんが説明している合間に、スピリットボックスの音に混じって、小さな声が聞こえてきた。


「……え?」


朔夜くんは、スピリットボックスの画面に視線を落とし

た。


先ほどの声が合図であったかのように、次から次へと聞こえてくる声が止まらない。


『あ……#@$%』

『$り……@#%』

『@#が……$#』

『%@$と……@』

『$%@#……う』

『$り……@#%』

『@#が……$#』

『あ……#@$%』

『%@$と……@』

『$%@#……う』


矢継ぎ早に聞こえる声は小さくて、言っていることは殆ど聞こえていないはずなのに、朔夜くんはとても驚いたような顔をしていた。


「え……、ちょっと待って。気のせいかもしれないけど『ありがとう』って聞こえるんだけど」


――何と……!

皆、朔夜くんに伝わっていたよ!!


私が幽霊なんかじゃなくて、生身の人間だったなら『そうだよ!皆、朔夜くんに感謝しているんだよ』って、直接伝えることができるのに。

伝えられないことが、もどかしくて……辛い。


そう思っている時に、ずぶ濡れの彼女が次の次という順番になった。


『気の……せい……じゃない』


彼女は先ほどよりもたくさんの言葉を朔夜くんに伝えようとしていた。


「……え?この声ってさっきのスピボの女性……?」

『あなたが……ここに……来て……くれた……から、わたし……だけじゃなく……て、……みんな……も、すく……われた』


朔夜くんも、彼女の主にすぐに気付いてくれて、戸惑っているようだったものの、話し掛け続けている。

まるでこの会話が最期だと気付いているかのように。


「……俺が来たから、みんな救われた?本当に……?」

『はい。あり……がとう。わたし……だけじゃ……なくて、みんな……の……きもち……つたえ……られて、うれ……しい』


朔夜くんは、『え?コレは夢?それとも現実なの?』って、首を傾げながら、涙をボロボロ溢れさせている。


「……だったら、あなたはもう『SOS』は、必要ない?」

『YES。……もう、あなたに……助けてもらった……から、ひつよ……う、ない』


――ここで、彼女の番が来てしまった。


『わたしは、あなたの……おかげで、すく……われた。ほんとうに……ありがとう』


身体を深く折ってお辞儀をした後、彼女は両手を大きく広げ、まるで朔夜くんを抱き締めるような形で、笑顔で飛び込んで行った。



――――パーーーン。


私はその時に聞いた音と、消える間際に見えた彼女の綺麗な笑顔を一生忘れることはないと思った。

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