第32話 ガーディアンズ
時は遡ること数時間前。
体調がある程度優れたギャンズは兄と言われているジャリルに呼ばれた。
ギャンズはジャリルの部屋の前に立ち、ノックをする。
「いいぞ」
ギャンズはドアを開けると、そこには本で埋め尽くされた壁で囲まれた部屋があった。
その奥には、荘厳な机で書類を羽根ペンで書いているジャリルの姿があった。
「座って良いぞ」
ジャリルは仮面を外しており、ギャンズ自身と同じ赤い瞳をしている。その瞳を見て、ギャンズは同族嫌悪のような不快感を感じる。
見ず知らずの赤の他人が、突然兄と告げられた挙句、親愛のような感情を向けられる。それまでの経緯までも含め、ギャンズは彼を信用していなかった。
ジャリルはギャンズに椅子に座るように伝える。
ギャンズが席に着くと、ジャリルが話し始めた。
「ジャルス、体調は大丈夫か?」
「ギャンズだ」
「……ギャンズ。調子はどうだ?」
「大丈夫ですよ。それで、用ってなんですか。ジャリルさん」
「良ければなのだが、ここで働いてみないか?」
意外な様で、考えてみれば普遍的な話ではあった。
仕事の内容にも寄るが、ギャンズは不服ではなかった。
「なんの仕事ですか」
「ガーディアンズという、特殊任務にあたる、エージェントの様なものかな」
ガーディアンズという言葉にパルスが去り際に誘ったあの言葉だと言うことを思い出した。
あの時は断ったが、ギャンズはその単語の意味を知った事で辞めようと確信した。
実の弟に、そんな仕事をやらせるなど大切にしたいのか奴隷の様に道具として扱いたいのか分からない。そんな奴の言うことなど、聞けるわけが無い。
ギャンズはすぐに返答しようとした。
「そんな事なら僕は引き受けません」
「このままローゼス・グフタスが死ぬ事になってもか?」
「……は?」
ギャンズはなぜこのタイミングで恩人の名前が出てくるのかさっぱり分からなかった。
「今、彼女はEBRに参加している、あれは地上国同士の戦争や紛争を抑えること以外に、我々天人としての理由がある」
「……何言ってんだ、あんた。あれにもう1つ理由があるのか?」
「そうだ、このまま彼女がEBRの優勝者になれば。彼女は死ぬ」
「どうして……」
ジャリルはギャンズに紐で結ばれて纏められた冊子を1つを渡した。
ボロボロの紙ではあるがら丁寧に保存されていて、文字は読める程度には綺麗であり表紙には『
ギャンズはその冊子のページをめくると、そこには天使を模した様な像の姿があった。背中から生えた翼は幾何学的で、生物的とは言えない。命あるもののような曲線よりも、機械的な直線が多く、ギャンズは機械で作られた神のように思えた。
そして、その絵の下に書かれた文章を読むと、ギャンズは衝撃的な文章に唖然とした。
「本当なのか……これ?!」
「ああ、かつての古代人が作り出した、完全完璧の兵器にして、機械仕掛けの神とも言える存在、聖天使。それに必要な事をEBRは行っている」
「……わかりました。やります」
ギャンズはすぐに答えた。
あっさりとした返答にジャリルも少し驚いた。
彼の潜在能力をあの場で見たジャリルは、この力を宝の持ち腐れにしたくは無かったが故に頼んでみた事ではあるのだが、こうもあっさり受け入れられると、拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、挨拶に行くか」
ジャリルはギャンズを案内し、別の部屋へと向かった。
その部屋には、ソファに座ってケーキを食べるパルスの姿と、向かい側のソファでダージリンの紅茶の香りを嗅ぎ、嗜む白髪のショートヘアの男が足を組んで座っていた。
その男の隣には、鞘に収まった刀が置いてあり、彼の使う武器なのだろうとすぐにわかった。
「ジャリルさん、彼は?」
「今日から、ガーディアンズに所属する事になった、ジャルス・ジャジールだ」
ギャンズは、その呼び方に不服だった。
「……ジャルス……ジャジールです」
パルスは前に自分が名乗った名前と違った為か、困惑した表情を浮かべながらも、机にあったケーキを食べる。
そして向かい側に座っている男は立ち上がり、ギャンズに近づく。
「ムラサメ・ケイジ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ギャンズが挨拶を返すと、ジャリルは部屋を出ようとする。
「私は、用事がある。3人で仲良くしておくように」
ドアを閉めると、ムラサメはソファに深く腰を下ろし、脚を組んで空いているカップに紅茶を注ぎ、ケーキスタンドからケーキを1つ取り出して、小皿に乗せて、ギャンズに差し出す。
「立っててもなんだ、紅茶でも飲んで話でも聞くか、ジャルスの弟さん」
「……なんでそう思うんですか」
「だって、羽根がねぇじゃねぇか。それでここにいるってだけで、どんなバカでもわかる」
ギャンズは、反論することも無く、2人の間のソファに座り、紅茶を一口飲む。
「……ところで、なんでガーディアンズに?」
パルスが聞くと、ギャンズは答える。
「お嬢様を助ける為です」
その言葉を聞いて、ムラサメは紅茶を飲む手を止める。
「お嬢様……つまり、地上の令嬢を助けるって言ってんのか?」
「そうです、僕は地上でローゼス様に助けてもらいました。だから、恩を返したくて」
ギャンズの言葉を聞いて、ムラサメは高らかに笑いだした。まるで喜劇の面白いワンシーンを見た観客かのように。
その挑発的な笑い声にギャンズは唖然としてしまう。
「最近ジャリルさんの生き別れの弟が戻ってきたと聞いてみりゃ、地上の蛆に毒されてやがるとはなぁ」
「……えっ」
「まぁ良い、世間知らずだったんなら、まずは世間を教えてやる。地上の奴は全員クソなんだよ、俺らよりも文明も文化も劣ってんだ。泥水啜って生きてる奴にろくなのは居ねぇんだよ」
なんなんだ、お前は。
ギャンズは心の中でそう思った。
だんだんムラサメの顔が、悪魔に見え始め、心の底から怒りが沸々とし始め、右手を握りしめていた。
そして、ギャンズは立ち上がる。
「あなたに、何がわかるんですか」
「わかるも何もねぇよ。地上の奴のことなんざ、忘れろ。あんたの兄はわざわざ地上から拾ってくれたんだからな。地上の蛆の巣窟からな」
「ローゼス様はそんな人じゃない」
「ローゼス? ああ、お前の尊敬している蛆の名前か、良い肉便器にはなりそうな名前ではあるな」
「ローゼス様を侮辱するな……これ以上……何も喋るな」
ギャンズは息を切らし、ムラサメに近づく。
「少なくとも、辞めときな。蛆のためにやるのは」
「喋るなぁあああああ!!!!!」
ギャンズは握りしめた右手でムラサメの顔面を殴る。
ムラサメは後ろに倒れ、尻もちをつく。
それで怒りが収まることは無く、ギャンズはムラサメの胸ぐらを掴み、溝尾に右ストレートを1発、さらに股間に膝蹴りを放つ。
胸ぐらを離し、ムラサメはその場に悶え、ギャンズは息を切らしながら、彼を憎悪の眼差しで見ていた。
「僕は……お前を……絶対に許さない」
ギャンズは机にあったフォークを手に取り、ムラサメに向ける。
パルスはその場でただただ見ていただけであったが、この状況はまずいという事はすぐにわかった。
「……殺す」
ギャンズの口からそう聞こえたパルスは振り上げたフォークを止めようと手を差し伸べた。
フォークは、パルスの腕に刺さった。
To Be Continued
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