第31話 懇願
「ジオニス・リロングだ。この地獄を統べる者、とでも言っておこう」
「……地獄を統べる者……?」
そう言うと、ジオニスはローゼスの鎖を外し、彼女を立たせた。
「何故私をこんな目に……」
「お前は、何故ここに落ちてきた」
「……え?」
ローゼスはすぐに答えられなかった。
「答えは1つ、弱いからだ」
その返事にローゼスは不快に感じ、彼女につっかかろうとしたが、そんな体力を今は持っていない。
「弱い……この私が?」
「ああ、殺戮令嬢と名乗っておきながらこのザマだ、鬼1人くらいこの場で殺していれば多少は認めてやったが、今のお前は女の奴隷も同然、処女を奪われなかっただけマシだな」
「好きに……言わせておけば!」
ローゼスは鎖を鞭の代わりにしてジオニスに叩きつけようと振り上げ、鎖がジオニスにおそいかかる。しかし次の瞬間、鎖がジオニスの目の前で切断され、鎖は真っ二つに割れてしまった。
ローゼスは驚きで動きを止めてしまった刹那、ジオニスはローゼスの懐に入り、彼女の鳩尾に拳を放つ。
ローゼスは胃液を吐き出し、その場に倒れて咳き込む。
「だから言ったろう、弱いとな。そんな雑な攻撃を受けるやつなどノミ以下だ」
「ノミ以下……」
その言葉にローゼスは絶句してしまう。自分は強いと思っていた。
だが、世界は想像を遥かに超えている。自分より強いのは沢山いる。現にローゼスはキシリスに負けていた。井の中の蛙とはこの事なのだろう。
ローゼスは救えなかったギャンズや仲間を守れない。
自分の好きな人を生かすことが出来ない。
己の弱さに絶望してしまった。
「……お前はどうする?」
「え……?」
「このまま奴隷でいたいか?」
「嫌ですわ……そんなの」
「なら、鍛えるか?」
「え?」
「……分からないのか。鍛えてやると言ったんだ。ローゼス、お前はEBRに出ているのだろう?」
「なんで事情知ってますの?」
「それは後々わかる。とにかく、鍛えてやると言ってんだ」
ローゼスは半分ずつしたいと、したくないという気持ちがせめぎ合っていた。
今まで、自分は自分の方法で殺戮令嬢として戦っていた。だが、ここで彼女に力をつけてもらうのは、殺戮令嬢として良いのだろうか。
無論、実力はつくのだろう。この地獄を統率する程の実力者だ。しかし、自分自身のプライドがそれを許しはしなかった。
「……いやか?」
「私は、自分で強くなりたい。貴方のような何処の馬の骨か知らない奴に戦いの教えを乞う理由がありまして?」
ローゼスはそう言って、ジオニスの話を蹴った。
彼女の顔はまるで負ける間際にいるものの、最後まで威勢を張る子犬のようだった。
ジオニスは彼女に近づく、そして彼女を下賎を見る目をして、彼女の腹に蹴りを放つ。
ローゼスは息を吐き出し、その場にうずくまる。
「馬鹿か、自分の立場を弁えろ」
さらに、ジオニスは重い蹴りをローゼスに放ち、彼女は血反吐を吐き、その場に怯えた子ヤギの様に蹲る。
「地獄に! 落ちて! 何も! 抗わず! ただただ! 耐えている阿呆に!」
数回の蹴りを終えたジオニスの目の前に居たのは、汚れ、痩せこけた、女の姿だった。
髪の毛は乱れ、爪の先は土で汚れ、皮膚は所々が膿み、切り傷から血を滲ませている。
この姿を見て、誰が令嬢だと判断できるのだろうか。
「もういい、お前には失望した。一生そこで、土でも舐めるんだな。」
ローゼスは、残りの力を振り絞り、ジオニスの脚を掴んだ。
その力は、ジオニスなら、軽く足蹴にできるものだったが、彼女はそれをしなかった。
「お願い……します」
耳をすまさなければならない程のか弱い声で、ローゼスはジオニスに懇願する。
彼女の顔は土にまみれ、先程までの威厳はなく、涙を流し、彼女は必死の表情で、ジオニスに頼んだ。
ジオニスは、彼女の願いを聞き、こう答えた。
「……付いてこい、クズ」
そう言って、ジオニスは彼女の手を取り、立ち上がらせる。しばらく立っていなかったのか、それとも立つ事すら出来なかったのだろうか、ローゼスの足は産まれたての子鹿のように震えていた。
「……しっかり立て馬鹿」
同時刻、天界。
ギャンズは右手を突き出していた。彼の目線の先には、尻もちを着いて頬を抑え、ギャンズを睨みつける男の姿があった。
「てめぇ……」
ギャンズは無言のまま彼に近づくと胸ぐらを掴み、彼の溝尾に1発、さらに左膝に股間打ち込む。
男は息を詰まらせ、その場に倒れ込む。
「僕は……お前を……絶対に許さない」
To Be Continued
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