第26話 友の風

「……影武者」

「そう、影武者。この国は今紛争をしているの。魔法の国『マジョリア』の王女ドロシィ・マジョーヌが、私の国を攻撃してきたのです」


 名前のない少女は何を言っているのか訳が分からなかった。


「まぁいずれ分かりますわ。ですから、貴方は今からここで私、レフル・サイクロとして生きるのです」


 名前のない少女が唯一理解した事は、布1枚での生活から脱し、人並み以上の生活になれるという事だけだった。





 翌日、名前のない少女は部屋を貰い、家具を貰い、服をもらった。

 薄緑のワンピースに銀の髪留めを止めた名前のない少女の姿にレフルは小さく拍手した。


「かわいいじゃない」

「……そうか」


 名前のない少女は恥ずかしく感じたが、レフルは彼女の手を取り、城内を巡る。


「ところで、貴方。名前は?」


 名前のない少女は、名前を言うことができなかった。

 その場で困る彼女に対し、レフルは更に聞く。


「名前が無いの?」


 名前のない少女は、首を縦に振る。


「それじゃあ、私が名前をつけましょう」


 そして、レフルはこう名付けた。


「アズサ。良い名前でしょ?」

「アズサ……」


 名前のない少女、もといアズサは、自分の名前を繰り返す。


「アズサ」



 こうして、アズサとレフルの日々が始まった。

 アズサは、世間顔を出すことは出来なかった。影武者である以上、町に出る時には仮面を被り、あくまでレフルの従者として世間には知られていた。

 国民の目の前では2人は主従関係という縛りで、振る舞わなければならなかった。

 だが、城の中は2人の主従関係はなくなり、対等な友達として過ごせる。

 レフルは今まで友達がいなかった。

 王女である為にマナー、態度、言葉遣い、様々な事を叩き込まれた。

 母親が残り少ない命の為に、後継として問題が無いようにと、厳しい教育があった。

 あの出会いは運命だった。

 アズサにとっても、自分を救ってくれた救世主として、これ以上レフルに感謝することはない。

 2人は距離を縮め、互いに親友として、仲を深めていく。


 そんなある日のことだった。

 アズサがいつものようにシュークリームをドカ食いしていると。従者達とのすれ違いざまにある話が聞こえてきた。


「まさか、ドロシィが攻撃してくるとは」

「どうするのですか、我が国の戦力では魔法使いとになど……」

「まだ国同士の全面戦争では無いだけマシだ……とはいえこれ以上被害を広げたら……」


 マジョリア、あの時はピンと来なかったが、今はわかる。

 この国と紛争をしているという事実。

 ここ数ヶ月の楽しい日々で忘れていたが、水面下で戦いがあるのだ。


「……紛争」


 アズサは、レフルの事が少し心配になり始めた。



 そんなある日のことであった。


「敵襲! 敵襲! 敵襲!」


 深夜、警鐘が城内を駆け巡る。

 アズサも飛び起きて、部屋から出ると鎧を纏った兵士達が城内を駆け巡っている。


「何かあったんですか?」

「お嬢……ちげぇ、あんた! 敵がきたんだよ! 避難しろ! 避難!」


 兵士の1人がそう言うとすぐに外へ向かっていく。


 アズサはレフルの事が心配になり、城内を走る。

 メイドの1人がアズサを引き止める。


「アズサさん! そっちではありません」

「でも、レフルが!」

「お嬢様は大丈夫なはず! あなたも避難を」

「嫌だ!」


 アズサはメイドの手をはらい、レフルの元へ向かう。

 そこには、執事に保護されながら、地下室へ連れて行かれている。


「レフル!」

「アズサ! なんでここに」

「一緒に居ないと……」

「ダメっ!」


 レフルはそう言った。


「お嬢様、ここは彼女も連れて行きましょう」

「あの人達は私を狙ってるの。アズサを危険に巻き込みたくは無い」

「なんの為の影武者だと思っているのですか!」


 アズサは、レフルにある物を渡す。

 それは、アズサが町に繰り出す時につけている仮面だった。


「……つけて」

「アズサ……どうして」

「逃げて!」


 レフルは、仮面をつけて、執事と共に地下室へ向かう。

 その時、後ろから謎の光が放たれる。

 それはアズサのコメカミを掠め、壁に穴を開けた。

 アズサが後ろを振り返るとそこには仮面を付けた魔法使いが杖を向けている。

 魔法には詳しくないアズサでも、その状況はすぐに理解出来た。


「目標発見」

「……お前らが」


 アズサがその魔法使いに殴りかかろうとするが、再び光線を放たれ、距離を詰められない。

 

「このやろっ」

「じゃあな、姫さんよ」


 魔法使いが杖の先から魔法陣を展開し、その中心から光線が放たれた。

 アズサは、死を覚悟する。


 その時だった。


 アズサの身体が真横に突き動かされた。押された方向を見ると、そこには仮面を被った、レフルの姿があった。


 レフルの胸を光線が貫いた。


「レフル……」

「……違うでしょ」


 アズサはすぐにレフルの所へ向かう。傷口からは血が流れ、アズサの手のひらが真っ赤に染まる。


「レフル……」

「逃げて」


 今にも消えそうなその声で、レフルは言った。仮面の向こうの表情は、分からない。


「なんで……」

「……生きて」


 レフルがそう言うと、アズサの方へと伸ばしていた彼女の手は、地面に落ちた。


 魔法使いは再び光線を放とうとするが、兵士に胸を刺され、絶命する。

 執事はすかさず、アズサを抱き抱える。


「なんで……」

「避難しますぞ! !」

「なんで! なんで! 私が死ねば良いのに! 私が!」

「今はこうするしかないのです! レフルお嬢様!」


 こうして、仮面を被った、影武者は役目を終えた。

 そして、アズサはレフル・サイクロとなった。


 To Be Continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る