第22話 氷の結晶

 マフィ・カイジャーとの決闘の約束から数時間後。

 夜のマカクラ城内のフウカの部屋。

 白で統一された家具、ベッドの上に置かれた白熊、白うさぎ、ゴマフアザラシのぬいぐるみ達、それらに囲まれてフウカは思いなんでいた。

 というのも決闘の約束のもあるが、それ以前の自分の立ち振る舞いである。

 まとめると。

 ・いきなり現れて海賊令嬢マフィにビンタ

 ・ろくに話も聞かずに右ストレートの一撃を与える。

 の2点が彼女のやってしまった事である。

 もしこれが正式な舞踏会などなら国際問題も甚だしい。

 彼女の脳内には国民の反乱によって火炙りにされる自分が想像されていた。


(あああああああああどうしよどうしよどうしよ殴っちゃったヤバいヤバいヤバい殺される殺される殺される! このまま国は滅ぶんだああああああああああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ)


 すると、ノックの音がし、ローゼスの声が聞こえてきた。

 「入りますわよ〜」

 「♡☆_#$¥"!😊❀⑯┝┬㈯▌▌▇◧◫!?」

 「どうしましたの!?」


 フウカの顔は完全に死に絶え、口からヨダレを垂れ流し、ベットで野垂れ死んでいる。ローゼスはあまりにも極端な光景に何をすれば良いのか分からず、とりあえずお水を置くことにした。


「……そ、そんなに決闘嫌なの?」

「テ、テバキョ……」

「せめてわかる言語で話して貰えます!?」

「は、はい……」


 フウカは水を1杯飲み、ローゼスに問う。


「あの……ローゼスさんは……怖く無いんですか? 決闘」


 ローゼスは、少し考えるとこう答える。


「……怖い事もありますわ」

「えっ……じゃあなんで……」

「私、幼い時に。両親を亡くしてるの」


 フウカはローゼスの口調がおもたくなったのを感じ、言葉が出なかった。


「当時、ローズダムは天人の意向に反対だったの。それで粛清として国が襲われて……でも、今は普通に従ってますわ。その時に……父上も母上も……殺されて。ローゼンクロイツも、母上が使ってた物なの。両親が亡くなった時、自分が強くならなきゃいけないって。思えたの」

「……すみません、なんか。嫌なこと思い出させてしまって」

「いいですわよ、私もそんな事がなかったら、強くなろうだなんて思いませんでしたわ。殺戮令嬢なんて肩書きも……最初は継ぐ気はありませんでしたから」

「……えっ?」

「私、ただ見栄っ張りなだけですもの」


 フウカは、自分が情けなく思えた。ローゼスの様に何もしないで怯えている自分が。彼女の様に恐怖に立ち向かわずに1人で、覚悟をせずに、ただ逃げている自分が。


「……ありがとうございます」

「別に構いませんわ、ただ貴方は……昔の私にちょっと似てたから」


 そう言って、ローゼスは部屋を去っていった。

 フウカもベットから降りて、壁掛けの鏡で自分自身を見る。

 そして両手で頬を叩き、自分に喝を入れた。



 翌日。

 マカクラ平原。

 マカクラでも1番の広さを誇る平原の真ん中で、マフィとフウカは対峙していた。

 遠くの丘から、ローゼス、ギャンズ、ナタク、ヒラタの4人とマフィの部下の海賊達が見ている。


「……大丈夫なのか、ローゼス」

「大丈夫ですわ、あの子、芯はしっかりしてますもの」


 ただ広々と広がる平原の中、フウカとマフィは互いに目を合わせる。


「「美しき決闘を行う」」


 2人がそう言い、決闘が始まった。

 早速マフィはコートの懐から銃を取り出し、リボルバーの弾丸が尽きるまで連射する。

 放たれた6つの弾丸をフウカは避ける。だがここは平原、弾を防ぐ壁など無い。

 マフィは懐からもう1つ銃を取り出す。そして間合いを詰めるために腰に携えたカットラスを抜き、フウカに襲いかかる。

 彼女にカットラスが振り下ろされるが、突如としてそれを何かが弾いた。

 マフィは一瞬何が起きたか分からなかったが、目の前の光景に疑問を持ちながらもそれがフウカの武器である事に気づいた。

 それは、氷の結晶だ。

 ただ顕微鏡などで見るような小さな結晶では無い。ダイヤの形をした氷の塊であった。とはいえ、なぜこの氷の結晶は浮いているのか、魔法か、はたまた別の妖術か霊媒か、それが分からずとも、マフィは厄介なものであるのはわかった。


「……それがあんたのやり方か」

「氷結術……ユキタニ家に伝わる秘術です」


 氷結術。

 先程の言葉の通り代々ユキタニ家に伝わる魔術である。一年中吹雪に閉ざされる国マカクラ、ここに住む獣人達は常に熊などの猛獣だけでなく、魔力を持つ獣こと魔獣にも脅えていた。そこで生み出された魔術が氷結術であった。

 マカクラに無尽蔵にあるともされる雪、正確に言えば氷を操り、それらを用いて魔獣や獣を狩ってきた。

 しかし、この術を持つ者の中には武力としてこれらを用いる獣人も少なからず存在した。

 そして、今現在ではユキタニ家のみがこの術を扱える。


「おもしれぇ、雪如きであたしを倒してみなぁ!」


 マフィは氷の結晶を撃ち抜き、破壊する。

 フウカも結晶を十二個展開し、一つ一つの結晶から光線を放つ。

 マフィは光線をカットラスで弾く。

 すると、カットラスは凍りつき、マフィは自分の手まで凍らされると察し、すぐにカットラスを捨てた。

 カットラスは完全に凍りつき、使い物にならなくなってしまう。

 更に結晶達は弾幕をはる。

 マフィは弾幕をよけるも、間合いを離される。

 たとえ銃を持っていたとしても、彼女の狙撃令嬢の様な射撃能力がある訳では無い。ただの乱射に等しい。当たれば良かった程度の攻撃。とはいえ、間合いを詰めれば自分が蜂の巣にされるのは必須。

 ならばと、マフィは懐からあるものを出だす。

 フウカの足に何かが巻き付く。

 そう、それはロープだった。

 ロープと言っても太い縄のようなロープではなく、黒く細いロープであった。

 マフィが強く引っ張ると、フウカは一気に彼女の間合いに引き寄せられる。


「近づけねぇならよぉ、あんたを寄せりゃあ良いんだよ!」


 マフィがその選択は間違いだと気づくのに時間はかからなかった。

 フウカは引っ張られる中、右手を掲げる。すると、氷の結晶は集まり、合体し、剣へと変わった。

 フウカは剣を振り下ろし、マフィの縄を斬る。

 そして、剣を振り上げ、冷えた斬撃を放った。

 斬撃はマフィの半身を凍らせる。


「なっ……」

「これで、終わりです」


 フウカは剣を構え、マフィに一気に間合いを詰め、真っ直ぐ縦ににマフィを斬った。

 切断とまではいかないが、傷口が凍り、マフィは気を失った。

 胸元に入れてあった思想薔薇も凍りつき、散っていく。


 決闘 マフィ・カイジャー対フウカ・ユキタニ


 勝者、フウカ・ユキタニ

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