第9話 蟲人族

 キャンズが誘拐されてから2日後。


「……あの子、怖気付いたのかしらね」


 タランはギャンズを舐め回す様に見る。

 2日間飲まず食わずに居させていると言うのに、ギャンズはなんとも無いような顔をしている。


「お嬢様が、そんな弱い人だと、貴方はお思いで?」


 その時、洞窟の壁が爆発した。

 洞窟にぽっかりと空いた穴には、ローゼスが立っていた。

 彼女の目はまっすぐと、タランを敵として見ていた。


「あらあら、随分と荒々しい入り方ね……」


 ローゼスはローゼンクロイツを鞭状態にし、地面に鞭を叩きつける。

 地面に落ちていた瓦礫が粉砕し、その音が洞窟中に響き渡る。


「貴方が、蠱惑令嬢のタラン・チュリストですわね?」

「そうよ、お嬢ちゃん」


 タランは舌なめずりをして、ローゼスを見下す。


「出会って早速だけど、始めましょうか。決闘を」


 ローゼスは思想薔薇を見せた。

 そしてタランもまた、思想薔薇を見せる。


「「美しき決闘を行う」」


 2人が同時に言った刹那、ローゼンクロイツの鞭がしなり、タランの蜘蛛の脚とぶつかり合う。

 タランの蜘蛛の脚は恐ろしく硬い。

 その脚で巨大な蟹の甲羅を砕いた事もあるそうだ。

 そんな脚にローゼスはローゼンクロイツで弾く。


 そしてローゼスはローゼンクロイツを剣状態に変え、飛び上がってタランの胸にに切りかかる。

 しかし、タランは口から糸を吐き出し、ローゼスを糸で絡めとる。

 ローゼスは壁に貼り付けられ、身動きが取れなくなった。


「さぁ、あんたも終わりだよ!」


 タランが蜘蛛の脚でローゼスを突き刺そうとしたその瞬間、ローゼスはローゼンクロイツを鞭状態に変え、右腕を糸の中から出し、突き刺そうとした脚に鞭を巻き付け、脚の軌道を左にずらした。

 タランは舌打ちをし、ローゼスは糸の中から脱出する。


「私に勝とうと思いで? 蟲人族インセクターズの女王が」


 蟲人族。

 その名の通り、蟲の身体を持った種族である。

 彼らは魔物に近しい種族であり、数百年前までは他の種族からの迫害を受けていた記録も存在する。

 そんな蜘蛛の蟲人族が多く住む国『セクトリア』は昔、ローズダムに領土を追放され、地下に逃げたと言う。

 その復讐をタランはこのEBRにて行おうとしていた。

 過失の死亡としておけば、何も悪い事はしていない。

 タランは自らの領土に引き込み、最高の戦場を用意し、戦いに挑んでいる。


「あなたの様な小娘が……地上でノコノコと暮らしてるなんて……やるしか……無いわよねぇ」


 タランは蜘蛛の胴体の穴から白い糸を出し、即席で蜘蛛の巣を作り上げ、彼女はそれに飛び乗った。

 蜘蛛の巣はタランの重みで沈み、彼女はローゼスに身体を向ける。

 パチンコの様にタランの身体はローゼス目掛けて飛んで行く。

 ローゼスはそれを避けようとするが、その瞬間、タランの口から発射された糸に足を固められしまう。


「死ねぇ!」


 ローゼスは腹部にタランの頭突きを受けた。

 肺の空気が抜け、胃液が込み上げてくる。

 更に、タランは蜘蛛の脚でローゼスをがっちりと掴んだ。

 そして、ローゼスを潰していく。


「地下に追いやった……報復だ」

「……つまらないわね」


 ローゼスの声が聞こえた。

 タランは動揺した。

 もう彼女の身体の骨は何本か折れていてもおかしく無いはず。

 なのに何故、彼女はこんなにも余裕なのだ。

 状況的に考えれば自分の方が優位にある。

 なのに何故、自分はここまで怯えているのだ。

 その答えはすぐに出た。


 何かが切れる音がした。


 そして地面に何かが落ちる。


 あれは、そう。



 タランの脚だ。


 斬られたのだ。


 あの頑丈な拘束を引きちぎり、自分の脚をローゼンクロイツで切断したのだった。


 目の前にローゼスの姿は無い。

 蜘蛛の脚はただ壁にめり込んでいるのみ。


 次の瞬間、全身に巻き付く鞭状態のローゼンクロイツ。

 タランが後ろを振り向くとそこには、狂った笑みを浮かべる、ローゼスの姿があった。


「さぁ……聞かせて貰いましょう……貴方の」


 全身に巻き付くローゼンクロイツが一気に締めあげられる。


 棘だらけの鞭が全身の皮膚にくい込んでいく。


 タランは洞窟中に悲鳴を響かせた。


 その悲鳴は、ローゼスにとって何よりも心地よい、演奏となる……。




 数分後、完全に気を失ったタランの胸元に花弁のちった思想薔薇があった。

 おそらく縛られている内に負けを認め、枯れてしまったのだろう。


 ギャンも解放され、彼は足が振るえていた。


「2日ぶりだと……足すくみますね」


 ローゼスはそんな彼に手を差し伸べた。


「……私が運びますわ」

「いえいえ、そんな滅相もない」


 ローゼスはそんな彼の拒否を無視して、両手で彼を持ち上げた。

 所謂、お姫様抱っこで。


「あの時の借りは、返しますわ。よ、よろしくて」

「……かわいい」

「ふぇっ?!」


 ローゼスは顔が真っ赤になる。


「す、すみません! こんな状態で失礼な事を……」

「かっ、か……帰りますわよ!」


 2人は足早に洞窟を出ていった。


 蜘蛛達は静かにそれを見届けていた。

 一部の蜘蛛は初々しい初恋だなと感じていた。


だが、まだ2人は気づいていなかった。

上空にいる、巨大な鷹の精霊の存在を。

そしてその上に乗る、少女の姿を。


「ほーん、あの女が殺戮令嬢っちゅーわけやな……やりがいがあるで」


To Be Continued

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