第5話 シアの想い
私の脳内に一瞬にして、500年前の惨劇がフラッシュバックした。それは私にとって悔やみ切れないほどの後悔と己の無力さを思い知らされた出来事の記憶だった。
あの時、最後まで油断せずに注意を払っていたら。もっと、多くの魔法を使えていたら。ギルファもシアも死ぬことは無かった。私は確かに強かったのだろう。人間にも魔族にも私を超える者などおらず、最強の魔法剣士とまで呼ばれた。だが、強いだけでは誰かを守ることはできない。それに気付いた時はもう遅かった。
そして、転生して姿どころか性別すらも変わった自分の姿を見て私は決意した。自分のことばかり考えて、大事な時に何も出来ず、力しか取り柄のない愚かで憐憫の情すら湧かない奴の人格を捨てて新しい自分になろうと。
そう決意した時から私は氷花としての人生を生きる中で、かつての自分の嫌いな部分を徹底的に排除してきた。そのおかげでネオの人格が薄れ、氷花としての人格が私の主人格になった。そのことに気付いた私は変われると思った。今度こそ大切なものを守れると。
だがどうだ。今の私の現状は。シアが命懸けで戦っている中、私は地面に倒れ無様に這いつくばっている。結局私は変わってなどいなかったのだ。大事な時に何も出来ず大切な人が倒れていくのをただ見ていることしかできない。
私は悔しさのあまり自分の右手を握り、地面に叩き付ける。
(変わりたい変わりたい変わりたい変わりたい)
そう心の中で何度も叫びながら立ち上がろうとする。傷口が広がって血が流れ落ちる。だが、全身を撃ち抜かれた体は動こうとしない。
ビシャ!
伸びかけた膝から力が抜け自分の血の池に落ちる。
もう一度力を込めた瞬間、シュルシュルシャルと何かが這って来る音が聞こえた。視線を向けると、私の左手の近くに全身が黒い蛇が、赤い眼を爛々と光らせこちらを見ていた。
「な、何?」
私は思わず困惑の声を出す。
部屋の中央では未だにシアとシャドウが激戦を繰り広げ、爆風が常に全身を叩く。普通の生き物だったら一目散に逃げるだろう。だが、この黒い蛇はそんなことなど恐れる様子もなく、ただこちらを見ていた。
「イッ!タイイイ!!」
鋭い痛みに思わず叫んでしまう。それ程までに強い力だった。
「ちょ、離して!!え、これマジで何!??」
振り解きたいがそんな力が残っている訳も無く、なすがままにしてしまう。だが、突如自分の体に起こった変化に戸惑う。
「あれ?体の痛みが」
全身を撃ち抜かれ、ほとんどの内臓に穴が空き全身に痛みが走っていたのにその痛みが和らいでいく。黒蛇を見ると、噛み付いている牙と私の皮膚の間を水色に光る線が繋いでいた。その線から絶え間なく魔力が供給されている。
魔力が補給されたことで自身の体に刻み込んでいた
「あ、ちょっと待って!!君は一体何なの?」
またもシュルシュルと去っていこうとする謎の黒蛇を、先程まで噛みつかれていた左手を伸ばして呼び止める。
立ち止まった黒蛇は一瞬だけ私に目を向けたがすぐに振り向き、辛うじて残っていた下に続く階段に姿を消した。
困惑が頭から離れないが、自分の体が動くことに気付いて眼前の戦いに目を向ける。
私の体に焦りが走る。
奮戦していたシアの魔力が底を尽き、一瞬の隙にシャドウに蹴り飛ばされた。
私は急いで、動けるようになった体を起こし戦おうとする。だが、その直前でシャドウがこちらを向き、ガブリエルを構えた。ガブリエルの銃口に魔法陣が浮かび、濃密な魔力がチャージされていく。私は魔力を隠蔽しながら魔法を起動し、罠をシャドウの足元に設置する。
(よし、準備完了!)
後はシャドウが引き金を引いた瞬間、魔法を発動し、体制を崩した瞬間に一気に勝負を決める。
魔力が充分にチャージされ引き金を引いた。それを感じ取った私は罠を発動しようとした。だが、出来なかった。
(え、)
シアが両手を広げ、私の前に立ち塞がったのだ。まるで私をあのビームから守るように。
(まずい!!!)
このままではあのビームを浴びてシアは間違いなく死ぬ。今から魔力障壁を展開しても遅い。罠を起動しても遅い。
(また私は守れないの!?)
思い出されるのは500年前のあの日の光景。友とその娘をみすみす死なせてしまった過去。
(私は!あの時の自分を超える!!!もう誰も死なせない!!!)
私は罠の起動をキャンセルし、纏っていた黒いロングコートに刻んでいた魔法を起動する。
すると、ロングコートが私の体を離れシアの前に流れるように移動した。
黒いコートと紫のビームが真正面からぶつかる。普通だったらコートは一瞬で燃やし尽くされるだろう。だが、黒いコートには特殊な魔法陣が刻まれており、一度だけどんな攻撃も通さない無敵の盾になるのだ。
やがてビームの勢いが収まり、役割を終えたコートが消失していく。
あのコートは前世の私が作り、転生後もお守りとしてずっと身に付けていた物だ。その思い出深いコートが今、役割を終えて消えていく。
(ありがとう)
そう心の中で感謝を告げながら私は立ち上がる。私の近付く気配に気付いたシアが恐る恐る、だが、僅かな期待を込めて振り向く。
シアの光彩を失った水色の瞳が私を捉える。すると瞳には輝きが戻り、私の姿が映る。
シアの傷は酷いものだった。撃たれた傷口からは紫色の血が流れ、顔には濃い疲労が浮かんでいた。
「ひ、氷花………」
僅かに私の名前を呼ぶ。私は笑みを浮かべて自分を守ってくれたたった1人の少女に言葉を返す。
「ごめんね、シア。心配かけちゃって」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「生きて……いたのか?」
「まあ、どうにか。ギリギリね」
何故だろう。シアの目から涙が溢れて止まらない。
氷花の体には大量の穴が開いてあり、右目も潰れている。本来なら起き上がることさえ不可能だっただろう。
でも、こんなにボロボロになっても彼女はシアを助けるために立ち上がったのだ。
安心したからか、今まで張り詰めていた気が抜けてシアは氷花に体を預ける。氷花の怪我も酷いが、シアも撃たれた場所からは血が溢れてるし疲労も濃い。
「ゆっくり休んでて」
安心させるような優しい声をかけながらシアを地面に下ろす。
「随分と遅い目覚めでしたね、氷花。あと少しでこのコンサートも
シャドウは
だが、それは致命的な油断だった。
シャドウの足元に赤く光る魔法陣が出現した。
「何!?」
シャドウが驚きの言葉を出すが、すぐに別の巨大な音にかき消される。魔法陣が勢いよく爆発したのだ。
長い月日が経ち脆くなっていた床はシアとシャドウの激戦にも耐えていたが、もはや耐久力は紙のようだった。その床を爆破すればどうなるか。
シャドウの足元からビシビシビシと連鎖的にヒビが広がり、広い玉座の間全ての床が崩れていく。一瞬だけ驚きの表情を浮かべたがすぐさま状況を理解し、姿勢を戻し銃を構えようとするが、氷花はすでに加速し、突っ込んでいた。
「来い」
氷花のかざした右手に漆黒の長剣シュバルティネオが召喚される。シュバルティネオは最初のシャドウとの戦闘で手元から離れ、その後シャドウが使った
剣を振りかぶり剣を横に振りかぶる。もしも、シャドウが
だが、氷花にはシャドウがボロボロの自分をゆっくりといたぶり苦しませてから殺すために
だが、剣がシャドウの体に触れる直前、左右から殺気を感じた。攻撃を止め急いで後退する。次の瞬間、先程まで氷花がいた所に2発の魔力弾が放たれる。魔力弾はお互いが衝突し弾けた。
やがてシャドウは瓦礫に飲まれ見えなくなっていく。氷花はせめてもの反抗に、
どうやらシャドウの用心深さが氷花の作戦を少し上回っていたらしい。彼もまた自分が危機に陥った時のために罠を仕掛けていたのだ。あそこで急いで下がっていなかったら死んでいたのは氷花だった。
「シア!早く私に掴まって!」
シュバルティネオを魔法陣に収納して目の前の状況が理解できず、呆然としているシアに右手を伸ばす。
床の崩落は全体に及び、氷花とシアも飲み込もうとしている。さらに城の耐久性は思ったよりも下がっていたらしく、城を支える柱も砕け城全体が崩落しようとしている。
状況を理解したシアがこちらに近づいてくる。だが、氷花の体を強い脱力感が襲い、地面に膝を付いてしまう。先程の戦闘で回復した魔力をまた使い果たしてしまい魔力欠乏症を引き起こしてしまったのだ。
「氷花!大丈夫か!」
自らも膝を付き、地面に倒れかける氷花の体を支える。
「大丈夫。それよりも早く脱出しないと」
氷花は残っていた魔力を全て消費し、転移を発動させる。すぐ目の前では床が砕け落下していく。魔力残量が少なく、魔法の発動が遅い。やがて崩壊が2人を巻き込み、体が宙を舞う。そこでようやく転移が発動する。2人を光が包み込んでいく。
ドン!
地面に背中から落下する。痛む背中をさすりながら辺りを見回す。何せ魔力が枯渇している状態で場所も指定せずに転移を発動させたのだ。どこに飛ばされたのかは術者である氷花にも分からない。
だが、その疑問はすぐに解けた。何故なら飛ばされた場所は偶然にも氷花が昔来たことのある場所だったからだ。
そこにあったのは石造りの大きな建物が並ぶ街だった。王都と同じくらい広いメインストリートがあり、そこに氷花達は倒れていた。
だが、ここと人間の王都では決定的な差がある。この街は完全な廃墟だった。立ち並ぶ建物も一つ残らず崩れていたり、穴が空いていたりと無事な建物は無く、人どころか動物すら見当たらない。そして、太陽が高く昇り日が射しているからか余計に言いようのない寂しさが胸に募る。
「まさかここに飛ばされるとはね」
立ち上がろうと力を込めるが立てない。あの黒蛇が回復してくれた魔力も使い果たしてしまったらしい。恐らく残りの魔力が少なかったためあまり遠くに飛ばされなかったのだろう。この街は城の近くにあるため、巨大な魔王城が次々と無数の瓦礫に変わり、地面に落下する光景が見える。やがて鳴り響いていた崩落音と振動が収まると、そこにあったのは瓦礫の山だった。
「なあ、氷花。ここはどこなんだ」
氷花に肩を貸し、同時に立ち上がったシアが辺りを見回しながら聞いてくる。やはり氷花と同じくこの悲惨な光景を穏やかな気持ちで見れないのか不安げな顔だった。
一瞬、答えるか迷ったが、黙っていても容易に想像が付いてしまうので素直に答える。
「ここは500年前の魔族の王都バルギスだよ」
「こんな錆びれた所がそうなのか?」
「一応、昔はたくさんの種族が行き来して賑わっていたんだけどね。まさかもう誰も住んでいないなんてね」
そう答える氷花の顔に寂しさが浮かんだのをシアは見逃さなかった。
シアにそんな感情は一切浮かんでこなかった。自分が生まれた城の近くにある街ならそれ相応の感情を抱いてもいいはずなのに。だが、それは仕方のない事に思えた。何故なら前世のシアネスタはあの最後の日しか城の外に出たことがないのだ。魔王の娘として蝶よ花よと大切に育てられていたため常に護衛とメイドが付き従い、城から出た事が1度も無かった
そのためシアネスタの世界は今しがた崩れ去ったあの城だけだった。
しかし、今の氷花を見ると彼女は何度もここを訪れた事があるのだろう。そうでなければこんな顔にはならない。
氷花の寂しげな横顔を間近で見ていたシアは右手で彼女の頭を撫でていた。
「どうしたの?」
「いや、何となく」
ただ氷花の寂しそうな顔をどうにかしたくての行動だった。それが何故頭を撫でる事に繋がったかは撫でた本人にも分からない。シアの気持ちを理解してか、表情を少し和らげ目を細める。
「私は大丈夫だよ。確かにこの街が錆びれてしまったことは悲しいけど、魔族達は別の場所で暮らしてるはずだからさ。もし良かったら今度新しい街に行ってみる?」
「ああ。私も行ってみたい。もっと色んな場所を見てみたい」
「じゃあ、この戦いが終わったら行こう。まあ、私も行った事がないから案内は出来ないけど」
そうは言ったが、氷花は行った事がないどころか、どこにあるのかすら分からなかった。今は人間と魔族は交流を完全に断っているため、魔界の情報が流れてこないのだ。一応氷花は
「良いさ、2人で行けば、」
そこでシアはハッと目を見開き、言葉が途切れる。そして表情を暗くして恐る恐るといった感じで呟く。
「もし、もしもリンカが私がいても行きたいと言ったら………連れて行くか?」
「もちろん、そのつもりだよ。リンカも私達の友達だし。連れて行かない理由は無いよ」
氷花は密かにリンカに期待していた。彼女なら途切れてしまった人間と魔族の交流も復活させてくれるのではないかと。その為に実際に魔界を見せて魔界の事を知ってもらいたい。
「そ、そうか。分かった」
氷花の肩に添えられているシアの左腕が僅かに震えている事に気付く。いつも家でリンカの話になると不機嫌になるがこの反応は初めてだ。けれど今はやらなければならない事があった事を思い出す。
「まずは、あいつを倒してからだね」
視線を崩れた魔王城に向ける。シアは一瞬、キョトンとしたが、その言葉の意味を理解して目を見開く。
「まさか!シャドウが生きているのか!」
「あいつはあのくらいじゃ死にはしないよ。そんな簡単に倒せるんだったらもうとっくに私が殺してる」
「勝てるのか?!奴は魔力もほぼ消費していない。でも、お前の魔力はもう」
「うん、空っぽ。多分今のままじゃ簡単に死ぬだろうね」
あっけからんとした様子で答える氷花。その黒い瞳に恐怖は無かった。
「だからシア。私に力を貸して」
「え?」
今度は考えても理解できず疑問の声を出す。
「私がシアに魔法を施していたのはもう知ってるよね」
「あ、ああ」
先程の戦闘で自分の過去を思い出してから、血の色が変わったりと、正直今でも信じられない事ばかりだ。
「まず一つ目に記憶の封印。これは黒い魔力を使ってかなり強固にしたはずだったんだけど」
(まさか記憶を自発的に思い出しちゃうなんてね。毎日封印に綻びが無いか見てたんだけど。何かしらの強い感情が封印を壊したのかな?)
「それで次は何だ?」
会話の途中で黙り込む氷花に続きの説明を求める。ようやく我に帰ったのか説明に戻った。
「二つ目は私の
知っているどころか魔法の基礎の基礎だ。氷花に魔法を習った時に教えてもらった。
「だからシアの本来の魔力炉を封印して私の魔力炉を移植して、人間と同じ色の魔力にしたの。その代わりに私の魔力が減るけど大丈夫かなって思って。だけど、まさかこんな事になるなんて」
「それで、どれくらい私に魔力を渡したんだ」
「ざっと7割」
「はぁ!?」
(私に半分以上も。と言うことはさっきまで氷花はたった3割の力で戦っていたのか)
「だから、これからシアの中にある私の魔力炉を回収したいの」
「それは構わないが私の魔力はほとんど使ってしまったぞ」
何せ魔力切れを起こした事がシャドウに負けた原因の1つなのだから。今頃は魔力欠乏症になって、、、
そこで気付いた。もし魔力切れで魔力欠乏症を発症しているなら、シアも今の氷花のように立ち上がることすら困難になっているだろう。それなのに今のシアは氷花を支えて立っている。撃たれた傷も少しずつだが塞がっている。
シアの考えに気付いた氷花がニッと口元を僅かに上げる。
「気付いた?実はシアが使ったのはほんの一部だけ。予備の魔力はまだ手を付けていないの」
あれほどの魔力を使ってもまだ残ってるなんて。改めて氷花の規格外さに驚く。そして疑問が浮かんだ。
「氷花、一つ聞いてもいいか?」
「うん。良いよ」
「どうしてお前はそこまで私の事を考えてくれるんだ。自分が危険に晒されるとか考えなかったのか!?今だって私のせいでそんな怪我をしてるじゃないか!」
今度は氷花が言いにくそうに口籠もるが、シアの真っ直ぐな目を見て誤魔化せないと思ったのか、シアの肩から離れ、向かい合って答えた。
「………それは………君を守ることだけが私に出来る贖罪だからだよ」
「贖………罪………」
「うん。ギルファが死んだのもシアが幸せになるはずだった人生も、全部私が奪っちゃったから。だからシアが幸せに今の人生を生きられるなら私は死んだって構わない」
そう。過去の自分が犯した罪を償う方法をこれしか思い付かなかった。あの惨劇も全ては自分の罪。だからせめて友の娘であるシアには今度こそ幸せになってほしい。そのためなら自分は死んでも構わない。そのために転生したのだから。
パァン
氷花の耳に乾いた音が聞こえる。
その音はさっきまで鳴り響いていた城の崩落音や戦闘音よりも遥かに小さいはずなのに、氷花の耳にはより大きく鮮明に感じられた。遅れて左頬に痛みが走る。そこでようやくシアに平手打ちをされた事に気付く。
シアを見ると彼女は涙を流しながらこちらを睨んでいた。
「私の幸せを勝手に決めるな!!!」
シアは自分でも意識することなく叫んでいた。頭の中はどうしようもない怒りと悲しみが混じり合い、自分でもどうすればいいか分からないほどだった。
「私と一緒に生活しているくせに分からなかったのか!………私は氷花と泣いたり笑ったり、一緒にいるだけで幸せなんだ!」
「え?!」
「お前がいるから、私の側にいてくれるから楽しいんだ!それなのに簡単に死ぬとか言うな!!!」
「分からない。分からないよ!!!」
氷花も叫ぶ。僅かにシアが身を引いた。こんなに感情的になった氷花を見たことがなかったからだ。
「私は前世でシアが死ぬ事になった元凶なんだよ!なのに何で………」
自分の過去を思い出して、目に涙を浮かべながら自らを責め続ける氷花を前に、シアは今まで隠していた気持ちを叫ぶ。
「そんなの私が氷花の事を好きだからに決まってるだろ!」
もうここまできたら全部言ってやる。半ばやけくそになって気持ちをぶつける。
「私はずっとお前の事が好きなんだ!好きで好きでたまらない。氷花の動きを全部目で追ってしまうし、氷花がリンカと話していると、胸がモヤモヤして苦しいし、氷花の全てを自分のものにしたいっていつも思ってる!それくらい私は氷花の事を愛しているんだ!!!」
「で、でも私は、フグッ!」
言葉は途中で途切れた。シアが勢いよくキスしてきたのだ。シアの柔らかい唇が氷花の唇に触れる。さらにシアの両腕が体に巻き付き動きを封じられてしまう。やがて息が苦しくなったのかプハっと唇を離した。ずっと想ってきた人とのキスで顔を赤く染めたシアの瞳には同じくらい顔が赤い氷花が映っていた。
「今日、私を守る為に立ち上がってくれた。そのおかげで私はここにいる。500年前もお前が私を転生させてくれたからこうして好きな人とキスができる。お前の罪なんて最初から無いんだ。それでも自分を許せないなら、魔王の娘の生まれ変わりであるこのシアが許す」
「良いのかな?自分の好きなように生きて?」
まだ不安そうに瞳を揺らす自分の想い人に向けて、シアは力強く言葉を返す。
「良いに決まってるさ!これはお前の人生なんだから!」
砂煙が薄れていた瓦礫の山が弾けた。水色に光が空に軌跡を描きながら真っ直ぐ上っていく。シャドウが脱出したのだ。
「それに本当に罪を背負うべきは奴だ」
シアが笑顔を消し、真剣な顔で水色の光の線を見つめる。
「どうすれば魔力炉を返せる?」
「簡単だよ。手を繋いで魔力回路を接続すれば自動的に戻ってくる」
氷花は握手をする時のように右手を差し出してきた。それを見たシアは2年前、初めて会った時を思い出す。
自分が何者かも分からず1人で生きていた時、氷花は手を今のように差し伸べてくれた。その時の私は恐る恐る手を握った。けど今は。
シアは氷花の手を迷う事なく、力強く握った。しかも互いの指を絡ませる恋人繋ぎで。
「ッ!?」
氷花が驚きで声を詰まらせ、顔を赤く染める。
「どうした、は、早くしろ」
「わ、分かった」
お互い初めてのことでどうすれば良いか分からず、顔を逸らす。
氷花の手に力が入る。すると、2人の腕に水色の線が浮かび上がり繋がる。自分の中の熱いものが抜けていくような感覚が襲ってくる。
今まで自分を支えてくれていたものが無くなるような感じがして、不安を消すかのように氷花の唇を奪ってしまう。今度の氷花は抵抗することなく受け入れる。もうシアの心に不安は無かった。ただキスの快感が全身を包む。
やがて2人を繋ぐ魔力線が消え、魔力炉の移植が終わる。唇を離すと、氷花の受けていた傷は魔力が戻り再発動した
「じゃ、行ってくる」
「待て!」
因縁の敵に向かって、飛び立とうとしていた氷花を呼び止める。
「まだ告白の返事を聞いてない。だから、無事に帰ってこい」
そう言われてシアの情熱的で激しい愛の告白がフラッシュバックする。
(そうか、私にも死ねない理由と私が生きる事を望んでくれる人が出来たんだ)
胸の中に喜びが溢れ、シアの水色の瞳を見つめる。
「分かった。絶対戻ってくるから!」
力強く答えると水色の魔力を纏いながら空に舞い上がり、飛んでいく。
氷花の姿が空に消えていくのを見届けたシアは両手で顔を覆う。指の間から真っ赤に染まった顔が覗いていた。そして、誰もいないはずなのに、声に出す事を恥ずかしがるように呟く。
「好きすぎてどうにかなりそう」
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