第4話 後悔と転生、そして出会い

絶え間なく鳴り響く爆音と、地面から伝わる衝撃で目を覚ました。その瞬間、全身を激痛が襲いかかる。しかも魔力を大量に使ったことによる重度の魔力欠乏症のせいで力が上手く入らない。


(ああ、そうか。私は負けたんだ)


 私は解放リリース:オンを使ったシャドウと戦ったが、その圧倒的な力の前に敗北を喫してしまった。


 魔法の威力も技術も全てが私を上回っており、傷を与えることすらできなかった。ガブリエルから放たれる幾多もの魔力弾や、私が今まで見たことのない魔法により、全ての攻撃が通用しなかった。やがて私の魔力が底を付いて、全身と右目を撃たれて意識が暗闇に沈んだ。


 視線を左右に往復させると、周りの景色が意識を失う瞬間と変わっていることに気付いた。石造りの床には巨大なクレーターがいくつもあり、無事なところなんて全く無い。壁や天井も全て吹き飛び、外の風景を一望する事が出来た。まるで何か巨大な力が内部で暴れたかのような空間だった。


「ここってまさか」


 私はこの風景に見覚えがあった。記憶にある姿よりも色褪せ、至る所が劣化し今にも崩れそうになっているがここは、魔界の都にある魔王城。500年前の戦争の最後の舞台になった場所だ。


 眼下には、こちらも長らく誰も住んでいないのかボロボロになり、廃墟と化した城下町があった。かつては魔界で最も大きい都として賑わっていたのに見る影もない。


(でも何で私がここにいるの?私が移動できるはずもないし、ここは人間界から遠く離れた場所だから転移でも使わない限り簡単には来れないはず)


 私の頭の中を疑問が駆け巡るが、すぐ目の前から爆音が再び聞こえ、思考を途切れさせる。


 視線を前に向けた私は思わず左目を見開く。


「シ、シア?………何で…君が………」


 そこには、紫色の魔力を纏ったシャドウと赤黒い魔力を使って戦うシアの姿があった。


 彼女は白銀の髪を振り乱しながら顔を怒りに染めて、魔法を行使していた。


 シアは私やシャドウを遥かに超えるほどの魔力を使った魔法でシャドウを追い詰めている。

彼女が使っている魔法は魔法陣の構築が未熟で、発動速度や照準が下がっているが、1発1発の威力が高く、シャドウも決め手に欠ける程だった。


 だが、それよりも驚いたのはシアの体から出ている血の色だ。人間の赤い血ではなく、魔族特有の紫色の血。それは私が2年前に封印したはずのものだった。


 (何で私の封印が解けてるの!?)


 私がシアに施した封印は黒い魔力を使っているためそう簡単には解除することは不可能。その上、シアが眠っている時に封印に異常がないかを調べ、ほつれがあったら修復していた。だから、こんな急に封印が解けるなんてあり得ない。



 目の前の状況が理解できずに這いつくばることしかできない私は、この光景に既視感を覚えた。


 そう、500年前。まさにこの場所で起こったあの惨劇を。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 500年前。


 魔族と人間の戦争が終わる事になる日。私の前世であるネオは魔王場に向かった。


 そこで、彼の友である魔王ギルファに娘であるシアネスタを助けてほしいと言われ、追いかけようとした。


 だが、そこに突如現れたシャドウに当時5歳のシアネスタは気を失った状態で襟首を掴まれていた。魔王は怒り、シャドウに飛びかかろうとするが勇者が乱入。


 魔王は勇者と。そして、ネオはシャドウと。この二組の戦いが始まると思っていた。


 だが、シャドウは自分の魔法の実験のために作った魔法を勇者に撃ち込んだ。その魔法の効果により、聖剣で増幅させている悪意をさらに増幅させ、暴走させたのだ。思わず目を隠すほどの光が勇者を包み、その中から四つ足状態でも体調10メートルを超えるほどに巨大な白い狐が現れた。


 だが、ネオや魔王が不気味さを感じたのはそんなことではない。


 だが、全身に浮かび上がっている大量の人間の口と、目があるはずの部分に現れている一際大きな目に本能的な恐怖と不気味さを覚える。さらに、全ての口からあらゆる生き物の悲鳴や笑い声が発生し、城全体に響き渡る。


 ((こいつはやばい))


 これまで幾多もの戦いを繰り広げてきた魔王と魔法剣士が、自分1人では勝てない。そう思えるほど、冷たく、鋭い光をこの狐は纏っていた。間違いなくこの狐は世界を滅ぼすだけの力を持っている。自分1人で勇者と戦う事を決意していた魔王も、手を出さないと決めていた魔法剣士も、この化け物だけはここで殺さなくてはならない。瞬時に結論づけ、2人で共闘した。


 聖剣には元々、人の欲望を力に変える能力があり、欲望が強い人間ほど力も強くなる。その勇者の欲望をシャドウはさらに増幅させたのだ。白い狐の力は2人が戦ってきたどんな者よりも強く、何度も死を覚悟した。


 強固に作られた魔王城を揺るがし、玉座の間を半壊させるほどの戦いを繰り広げ、2人は白狐を戦闘不能に追い込んだ。


 ネオがトドメの魔法を発動させようと魔法陣を組み立てる。しかし、それを見ていたシャドウが左手に掴んでいたシアネスタを白狐に向かって放り投げた。


 餌を与えられた狐は、その全身にある口から大量の舌を伸ばし少女を喰らおうとする。


 ネオは急いで魔法を撃とうとするが、今使っている魔法は強力なものだ。白狐ごとシアネスタを焼いてしまう。魔法陣を破棄して飛び出そうとするが、一瞬早く、ギルファがシアネスタの元に辿り着いた。


 ギルファは娘を自らの胸に抱え、魔力障壁を展開する。大量のピンクに輝く舌と魔力障壁がぶつかる。


「今だ、ネオ!!」


 魔王の叫びに応え、魔法を放つ。


煉獄流星砲イグニスブラスター


 極大の火柱が白狐に放たれ、その白い身体を焼いていく。白狐は断末魔を上げながら暴れる。まだ倒しきれていない。追加で先程の魔法をさらに5発放ち、完全に息の根を止める。


「ふう、」


 息を整え辺りを見る。未だ燃え続ける白狐の身体から離れた所に、魔王は娘を抱えながらしゃがみ、衝撃から娘を守っていた。


「っ、う、う、」


 今までの戦闘音で気を失っていたシアネスタが目を覚ます。目をゴシゴシと擦り、キョロキョロと視線を目巡らせる。


 状況が飲み込めずキョトンとしていたが自分の真上父親を視界に収まると、水色の瞳が大きく開かれる。


 そして、目に涙を溜め、


「お父様!!!」


 勢いよく抱きついた。


「すまなかったな、シアネスタ。私の考えが足りずにお前を危険な目に合わせてしまった」


 自らに抱き着き、震える小さなを強く抱きしめる。


 ネオはその光景を見て安堵した。勇者も消えて、シアも戻ってきた。勇者が死んだことでこの戦争は魔族の勝利で終わる。という事はこの2人の生活を脅かすものはもう何も無いのだ。そして、ギルファは不要な争いを望まない。そうなれば当然、人間と魔族の戦争は無くなる。


 ネオにとって望んだ世界がもうすぐそこまで迫っていた。


 そう、だからこそ彼は気付かなかった。もう1人の敵の存在に。最も忘れてはいけない人物に。


 ギルファはシアネスタを床に下ろし立ち上がる。そして、ネオの元に足を向けた瞬間、


バンッ!!


 という発砲音がした。その瞬間、魔王の頭が吹き飛び、肉片が辺りに撒き散らされた。


 ネオは何が起こったか理解できなかった。目の前には頭部を失い仰向けに倒れる魔王の身体と、すぐ近くにいた事で、血と薄茶色の脳漿を全身に浴びて、キョトンとする少女の姿だった。


「油断しましたね、ネオ」


 魔法陣が展開された銃、ガブリエルを右手に構えたシャドウがいた。目の前の現状が未だに理解できず呆然とした口調で質問する。


「どうしてだ、シャドウ。もうお前の実験体は死んだ。戦う理由なんて無いはずだ」

「ええ、そうですね。聖剣の力は僕の想像を遥かに超えたものでした。まあ、残念ながら変化と同時に取り込まれてしまいましたが」


 やれやれと首を振る。そして、ネオに視線を向ける。


「次の実験は、怒りがどれほど強力な感情なのかを知りたい。あなたは今まで本気で怒りを覚えて戦ったことがない。つまり、あなたの本当の力はまだ誰も見たことがないんですよ!!!」

「だから、ギルファを殺したのか」

「ええ、死にかけの魔王なんて生きててもあまり価値がないですからね。僕の実験の道具に慣れただけ幸せでしょう」


 まるで、命に価値なんて感じないかのような冷たい瞳にネオは恐らく、生まれて初めて激しい怒りを覚えた。彼は人との関わりを避けていた。彼の考えを理解できる者がいなかったからだ。そんな時にギルファだけが理解してくれた。


 それをこいつは


「死ね」


 黒い魔力を纏い戦闘体制になる。シャドウも水色の魔力を纏う。2人が睨み合い、その場に鋭い空気が漂う。


 2人の魔力がぶつかり、火花が散る。その瞬間、

 2人は同時に飛び出す。いや、飛び出そうとした。

 両者ともその1歩が踏み出せなかった。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 何故なら、今まで父親の死を受け入れられずに呆然としていた白銀の少女が狂ったような叫び声を上げたのだ。しかも、変化はそれだけではなかった。


 シアネスタの全身から魔族特有の赤い魔力が吹き出したのだ。


 子供が魔力を使う事は珍しくない。日常で使っている生活用品にも、使用者の魔力を使う日用品もあるからだ。だが、問題はその量だ。


 世界で最も魔力量が多いといわれているネオの魔力すら比べ物にならない量の魔力が小さな身体から吹き出したのだ。


 赤い嵐はシアネスタを中心に吹き荒れ、4階建ての魔王場の玉座の間がある2階から上を全て吹き飛ばした。


 ネオは魔力を使い吹き飛ばされないように踏ん張る。シャドウでさえも、顔に驚きを浮かべ耐えていた。


 シアネスタの涙を流し続け虚ろになった瞳が父親を殺した男に向けられる。そして、右手を突き出す。掌に吹き荒れている赤い魔力が大量に集まる。それはネオが白狐に放った煉獄流星砲イグニスブラスターよりも遥かに多い量だった。


 ネオは反射的に止めようと右手を伸ばすが近寄れない。強引に踏み込もうとした瞬間、極大の魔力の塊が放たれた。


 シャドウは魔力障壁を展開するが、ガラスのように呆気なく砕けたり、骨も残さず消滅した。


 魔力の塊は、人1人を吹き飛ばしただけでは飽き足らず、その後ろにあるバルグレン大渓谷で未だ戦闘を繰り広げていた人間軍と魔王軍のど真ん中に落下した。


 地面に触れた瞬間、魔力の塊は破裂し、種族を問わずそこにいた全てを消滅させた。渓谷も衝撃により吹き飛び平野と化した。


 その絶大な威力を目の当たりにしたネオは、先程の狐に感じたものよりも遥かに強い恐怖を感じた。あの威力の魔法は自分にも使えない。あれも自分が受けたら間違いなく死ぬ。再び戦闘体制を整える。


 だが、赤い魔力が霧散し、少女が地面に倒れる。

魔眼を凝らしてシアネスタを観察する。


「そういうことか!」


 シアネスタの魔力が底をついていた。しかも無理に魔力を使ったことが原因か、魂にヒビが入り砕ける寸前だった。魂が砕ければ完全に消滅する。つまり死ぬということだ。


 ネオはうつ伏せに倒れたシアネスタに近づき歯を噛み締めた。魔族同士なら魔力を分ける事はできるが、ネオの魔力は特殊なため不可能。さらに、魂の崩壊はもう手の打ちようがない。


 (ここまでなのか)


 せっかく争いがなく、平和な日々が来ると思っていたのに、こんなバッドエンドになってしまうのか。


「させない!そんな事、俺は認めない!!!」


 (変えてやる。この運命を。俺の魔法で!!!)


 ネオはシアネスタの魂にある魔法を使った。


転生ゼウレ


 魂を肉体から切り離し別の時代へと飛ばす。ネオが使った最も新しい魔法だ。


 だが、これは賭けだ。ネオはこの魔法をまだ一度も使ったことが無い。そもそも転生が出来るのか、時間と共に魂が崩壊しないか。そして、この魔法で魂の修復が出来るのか。この3つの難解をクリアしなければこの少女の存在は消滅してしまう。


 シアネスタの体が光に溶けて消滅する。残ったのは、今にも砕けそうな赤い光の球体だった。


 球体が魔法陣に吸い込まれていく。あの先は世界から完全に外れた空間になっている。その中から本当に魂が出て来れるのか。理論では証明できても成功例が無いから分からない。


 けど、彼女を救うにはこれしか方法が無い。


 球体を吸い込んだ魔法陣が消滅していく。

それを見届けたネオは自分にも同じ転生ゼウレを使う。


 戦争も終わり、友もいないこの世界に用は無い。ネオは自分の命を掛けて友人の願いを叶える事を誓った。


 娘を助けて欲しい


(俺は友の命を救えなかった。だから、せめて。あいつが守ろうとしたものを守る)


 何年先の転生になるか。2人が会えるのかも分からない。それでも、必ずもう1度会う。


 この結末バッドエンドに抗ってやる。


「さあ、ハッピーエンド、迎えるぜ」


 こうしてネオは転生した。後悔と理不尽な世界への反抗を胸に抱いて。


 そして500年後。彼は記憶と力を引き継いで転生した。何故か女に。それからあらゆる場所を何年も探し続けた。どんな姿になっているのかも分からず、名前すら変わっているかもしれない少女を。


 14年後


 彼、いや、彼女は人間界のとある村で1人の少女と出会う。少女はシアという名前だった。


 シアと名乗った少女は前世の事を覚えていなかったが、転生ゼウレを使った自分には分かった。この少女こそ、前世のシアネスタ・クラウンだと。


 かつての最強の魔法剣士は、嬉しさで込み上げた涙を振り払い、笑顔を浮かべる。前世では掴むことのできなかった右手を差し出す。


「私の名前は氷花。よろしくね、シア!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る