第3話 因縁の敵、シャドウ現る 4

家を飛び出したシアは激しい頭痛に耐えながら、空を飛んでいた。


 氷花の魔力が激減した。異常なことだった。


 全速力で飛ぶが、一際激しい頭痛が襲い魔力を乱してしまう。推力を失った体は重力に従い、どこかの家の屋根に落ちる。


「くっ、」


 全身を擦りむきながらも、魔法を再発動し空に舞う。至る所の皮が剥け、赤い血が滲んでいる。白いワンピースも所々破ける。


 体全体の痛みに耐えながら半壊した城にたどり着く。そこで目にしたのは


「ひ、氷花」



 ドシャ。地面に降りたシアは全身から大量の血を流して倒れる氷花のそばで膝を付く。


 そして、震える手でうつ伏せに倒れる氷花の肩を掴み、こちらを向かせる。


「氷花!おい、氷花!!!」


 ひどい怪我だった。全身にいくつもの穴が空いており、そこから絶えず血が流れる。さらに右目も撃たれたのだろう。眼球が潰れていた。


 どんなにシアが呼び掛けても返事すらしない。


 回復魔法を掛けようとするが、魔力が変質しているからか、自分の魔力なのに魔法陣がうまく構築できない。


 そんなシアの姿を見ていた紫色のコートを着た少年が昔を懐かしむような声を出す。


「500年前と同じ光景ですね。あの時もあなたは今みたいに無様に泣き崩れていました」

「一体何を言っている。私はお前と会った時など」

「いいえ、ありますよ。まあ、あの時のあなたはまだ幼い子供でしたから覚えてなくても無理はないでしょう」


 その時、ずっとシアを苛んでいた頭痛が一際強くなる。そして、頭の中を沢山の映像が駆け巡る。


 自分と同じ銀髪の髪の男、黒い服を着た男、巨大な怪物の横に立つ紫色の銃を持った男。


 噴き出す血飛沫、何かが自分にかかる。ヌチャ、という不気味な音を立てて、自分の掌に落ちてきたのは茶色い粘液。


 これは脳だ。自分の目の前に立っていた男の頭が吹き飛び、血と脳を撒き散らしたのだ。


 そう認識した瞬間、自分の中に絶望と殺意、悲しみが心を支配する。吹き荒れる赤い嵐。そして、私は………


「う、ぐ、あ、あああああああーーーーーーーー!!!」


 気付けば私は動かない氷花の肩を掴みながら、天を切り震わせるほどの叫び声を上げていた。


 そして理解する。


 これは私の前世の記憶だ。


 私は魔王ギルファ・クラウンの娘、シアネスタ・クラウン。


 シアがうなされていた夢は全て本当のことだったのだ。恐らく、記憶は無くても過去の強烈な記憶が魂に刻まれ、夢としてフラッシュバックしていたのだろう。


「どうして、忘れていたんだ。こんな大事な事。あの時、人間を殺したのも…」


 ふと、自分の体を見ると、擦り傷から滲んでいた赤い血が魔族の証であるに変わっていた。もう驚きすら感じなかった。


 シャドウは虚ろな目で何かを呟くシアを己の魔眼で観察する。そして、シアの秘密について一瞬で理解する。


「おめでとうございます。良かったですね。自分の失われた記憶を思い出せて」


 パチパチと拍手をしながら笑みを浮かべていた。だが、その笑みは本心からではなく、どこか作り物のように感じられる。


 ゆっくりとシアがこちらを向く。虚ろな目がシャドウを捉えた瞬間、恐怖に変わる。


「お、お前は……まさか……」

「おや、それも思い出しましたか。そうです。僕が500年前、あなたの父親である魔王ギルファ:クラウンを殺した男です。まあ、その後魔力暴走を起こしたあなたに殺されましたけど」

「っっっ!!」

「それにしても驚きました。まさかあの時の子供が転生していたとは。しかもその魔力を見る限り、魂の形をそのまま現代まで飛ばしたようですね」


 さすがはネオの魔法です。そう呟きながら顎に右手を当て、何かを考えている。シアが戸惑っていると、シャドウが何かを思い付いたのか、指をパチンと鳴らす。


「そうだ、せっかくですので舞台を変えましょう」


 シャドウが地面に魔法陣を描く。それもシアと氷花を巻き込むほどに大きなものを。


範囲転移ランドテレポート


 視界が白1色に染め上げられ、目を閉じる。目を開くと、先程の記憶の奔流の中で見た元魔王城だった。


 シアは辺りを見渡す。記憶と決定的に違うところがあった。記憶ではこの城はほぼ無傷。それなのに、シアが今いる城は屋根も壁も全てが吹き飛び、ひび割れた床だけが残っていた。


「記憶と違う、と言いたいようですね。まあそうでしょうね。勇者を使った実験体と僕自身を城ごと壊した時、あなたは暴走してましたから」


 暴走。そうだ、私は激情に支配されてそのまま。


「まあ、そのおかげで面白いものも手に入りましたし、結果オーライです」


 シャドウは自分が死んだことなど、全く気にしてない様な雰囲気だった。


「お前は」

「何か言いましたか?」

「お前は一体何がしたいんだ?!お父様だけでなく氷花まで!私を殺したいならなぜ私と戦わない!」

「はあ、」


 目の前の少年はシアの怒りの声など全く届いていないかのように、冷たく告げる。


「何か勘違いしていませんか。僕は別にあなたのことなんて興味が無いんですよ。ただ偶然僕の目的のために死んでもらわないといけない人があなたの周りにいる。ただそれだけの事ですよ」


 カチャ、と金属音と共に前世で魔王の頭を射抜いた銃がシアの額に向けられる。


「そこをどいてください。僕は氷花さえ殺せればもう用はありません」

「ふざけるなよ」


 魔族の魔力よりも黒く、不気味な雰囲気を漂わせる霧がシアの怒りと連動しているかのように噴き出す量が増える。シアの目には先程までの虚ろさなど全く無く、抑えきれない怒りが宿っていた。


「お前は私からお父様だけではなく、氷花まで奪うつもりか」

「あなたのお父様はともかく氷花はあなたのものではないでしょう」


 そこまで言うと、シャドウはふと、思いついたかのように言葉を出す。


「なるほど。あなた、氷花に特別な感情を向けていますね。それも赤く熱い感情の中にドス黒く冷たい感情を」


 クツクツとまるで楽しむかのように肩を揺らし、こちらの心を見透かすような目をしていた。


「あなたは氷花に恋心を抱いている。そして、その奥に隠されているのは氷花の全てを自分のものにしたいという黒い独占欲。いやはや素晴らしい。氷花に近づく者全てに怒りと焦燥を抱く恋。まあ、僕はそういう醜い感情も好きですけど」

「うるさい!貴様に私の何が分かる!氷花は私のものだ!!あの女にもお前にも絶対に奪わせない!!!」


 赤黒い霧がシアの眼前に大量の魔法陣を作り出す。業火玉バーンバレット。氷花の得意とする攻撃魔法だ。


「死ね」


 黒い火の玉が一斉に発射された。


 シャドウは紫色の魔力で魔力障壁を展開。連続して被弾する黒炎球。赤黒い衝撃波を撒き散らし、崩れかけの城を揺らす。


「っく!」


(解放リリース:オンを使った僕が押された?!)


 構成された魔法陣はシャドウや氷花に比べると精度が落ちるが、その分とてつもない量の魔力が込められている。その威力はシャドウの魔力障壁さえも僅かに軋ませる。


「死ね死ね死ね死ね」


 次々と魔法陣が構成されそこから絶え間なく魔法が飛んでくる。


 とうとうシャドウの魔力障壁にヒビが入る。


「ガブリエル!」


 右手の銃に魔力が充填され、飛んでくる魔法に向かって連続で魔力弾を発射する。


 撃たれた魔力弾は恐るべき精度で連続して放たれる魔法を1発も撃ち漏らさずに当てる。


 単調な魔法の連発に当たるほど甘い特訓はしてない。その自信がシャドウの隙を生じさせた。目の前には赤黒い霧を纏った拳があった。シャドウが魔法を撃ち落としている間に高速で接近していたのだ。


(速い!)


 自分の顔面を潰すために振われた拳を銃身で受け止める。だが、その威力は絶大で受け止めた銃と右腕が軋んだ音を立てる。


「私から奪うな。氷花を、氷花を、、奪うなーーーーーー!!!!!」


 連続して拳が振るわれ、シャドウは後ろにどんどんと押される。


 一際強い威力の拳を受け、その衝撃を利用して後ろに跳ぶ。距離ができた隙に銃を発砲。右脇腹と左肩に命中し紫色の血が出る。


 シアは一瞬顔を顰め、動きを止めるがすぐに魔法陣を展開する。


 今度は業火玉バーンバレットではなく、巨大な赤黒い火柱が撃ち放たれた。


「死ね」


 業火の火柱はシャドウに命中し、巨大な爆発音が鳴り響く。


「はあ、はあ、はあ、はあ、」


 ほとんどの魔力を使い尽くした。シアは魔力欠乏症に陥り、視界が揺らぎ、立っているので精一杯だった。


 パチパチパチ。黙々と立ち込める煙の中から拍手が聞こえる。


「今の攻撃は驚きましたよ。」


 立ち込める煙を魔法で発生させた風で散らしながら現れたのは傷一つ付いていないシャドウの姿だった。


「ですが、」


 肩で荒い息をして、満身創痍で立ち尽くすシアを見る。


「どうやら戦う意思はあっても体力と魔力は尽きたみたいですね」

「どうして、無傷なんだ。確かに私の攻撃は貴様に当たったはずだ。なのに何で」


 ありえない。あの威力、あの距離なら例え当たらなくても爆発の衝撃で多少の傷は負うはずだ。それなのに、目の前の少年は砂塵一つすら付いていない。


「ふふ、種は簡単ですよ。僕の解放リリース:オンをする事で特殊な魔法を使うことができるんですよ。魔法名影化シャスティール。簡単に言えば僕の存在を世界から切り離し、攻撃を回避する最強の防御魔法です」

「な、なんだと」


 絶望しかなかった。それなら私の攻撃は最初から無意味だったということではないか。力尽き膝をつきかけていたシアに一瞬で近付き、膝蹴りを食らわせる。


「ぐはっ!」

「もう僕の邪魔をしないでください。あなたまで殺す気はありません」


 未だ意識を失っている氷花に向かって歩こうとするシャドウの左足を掴む。


「氷花を……殺させて……たまるか」

「もうあなたに戦う力は残ってないでしょう。無駄な抵抗はやめてそこで寝ていてください」


 なけなしの力を使って掴んだシアの右手を振り払い銃を構える。


 ガブリエルの銃口に魔法陣が展開され、大量の魔力が蓄積されていく。


 それは先程までの戦いで見せていたものとは比べ物にならない程に膨大でとんでもない威力を持っていることが本能的に分かった。


 (このままじゃ、本当に氷花は。やだ、もう失いたくない。お父様を殺され、氷花まで殺されたら私には何が残る)


 先程の記憶の奔流の中で見えた黒髪の男が前世の氷花だということは何故か分かった。


 そして、あの時自分が死んでいることも思い出した。けど私はこうして転生している。ネオが、前世の氷花が転生の魔法を使ったのだ。そして自分をこの広い世界の中から探し出し、つらい過去から守ってくれていた。


 こんな状況なのに、氷花に対しての愛おしさが胸を高鳴らせ、力が湧いてくる。


「これで終幕ピリオドです」


 引き金を引くと、極太の紫色のレーザーが放たれる。シアは渾身の力で身を起こし、レーザーが迫る氷花の前に立ち塞がる。


 もう魔力で防御する力も残っておらず、この紫色のレーザーはシアごと氷花を消し飛ばすだろう。無駄な足掻きだと頭の中では理解している。


 だが、動かずにはいられなかった。このまま誰かに守られて死ぬぐらいだったら、せめて一緒に死にたい。


(すまない、氷花。私、守れなかった)


 死を覚悟しゆっくりと目を閉じる。


 だが、いつまで経っても死は訪れなかった。


 ゆっくりと目を開けると、黒いロングコートがシアの目の前に現れ、レーザーを防いでいる。


「な、?!」


 シャドウが狼狽し、驚きに目を見開かせる。コートはしばらく攻撃に耐えていたが、徐々に焼け焦げていく。レーザーが消えていくのと比例して、コートも消失してしまう。


(このコートは氷花の?!)


 シアがゆっくりと後ろを向くと、血を流しながらも立つ氷花の姿があった。


「ごめんねシア、心配かけちゃって」


 氷花は自分を守ってくれた1人の少女に笑みを浮かべながらフラフラな足取りで近付く。そして、自分の胸に抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る